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『少年少女 世界推理文学全集』 あかね書房

子供のころからミステリ小説が大好きで、いまも時間が許す限りせっせと読んでいます。私(喜八)にとって「この世の極楽」「法悦境」とは最高に面白いミステリを読んでいる時間である、とさえ言えそうです。

先日ふと「人生で最初に読んだミステリはなんだろうか?」という疑問をいだきました。これは「読書の個人史」という観点において大変に興味深い設問ではあります。けれども残念ながら「これ」という作品名・あるいは作者名を挙げることはできませんでした。おそらく児童向けの学習雑誌などに掲載されていた短編ではなかったろうかと思います。

海外ミステリ」なるものに最初に触れたのはあかね書房から刊行されていた『少年少女 世界推理文学全集』(全20巻、絶版)を通じてでした。エドガー・アラン・ポオ、コナン・ドイル、モーリス・ルブラン、G・K・チェスタートン、ディクスン・カー、アガサ・クリスティー、エラリー・クイーン、レイモンド・チャンドラー、アイザック・アシモフなど大家の作品が目白押しのこの全集をきっかけにミステリの面白さに目覚めたという人は少なくないようです。

並み居る名作の中で小学4年生だった私が最も感銘を受けたのが、第一巻に収録されていたポオの「モルグ街の怪事件」(創元推理文庫版『ポオ小説全集』では「モルグ街の殺人」、原題は "The Murders in the Rue Morgue")でした。

「小学4年生」と断定できるのは、とある小事件があったからです。あるとき国語の授業中に担任でもあった女性教師がクラスの生徒たちに「好きな小説の名を挙げなさい」と命じたのです。生徒は1人ずつ順番に立ち上がって答えていきました。

私の順番が来たとき躊躇することなく「モルグ街の怪事件」の名を挙げました。本当に心から好きな作品でしたから、私の様子は嬉しそうであったろうと思います。すると女性教師はじつに嫌そうな顔をして「そう、あなたはそういうのが好きなのね」とのたまったのでした。

「自分にとって非常に好ましいものでも、他の人にとっては嫌悪の対象になることもある」という人生の機微を私が知ったのは、この瞬間であったような気がします。

先生は女子高等師範学校出身であることの誇りを事あるごとに口にする当時40代の女性でした。保護者たちのあいだでは大変に評判がよかったようです。純真な子供だった(?)私も単純に「いい先生」と思っていましたので、彼女から嫌悪されるのは悲しい体験でした。

一般に戦前の日本社会を知っている人たちには「探偵小説」というものをひどく嫌う傾向があったようです。探偵小説が「エログロナンセンス」時代の主要な文化物のひとつであったからでしょう。

「エログロナンセンス」とは「エロティック・グロテスク・ナンセンス」の省略語で、大正から昭和初期にかけての退廃的な風俗を指します。探偵小説家江戸川乱歩の初期作品群などはその典型なのだそうです。江戸川乱歩という筆名は言うまでもなくエドガー・アラン・ポオのもじりです。

小学生4年生の私はエドガー・アラン・ポオは知っていても日本の江戸川乱歩のことは知りませんでした。そのため同級の女子生徒とトンチンカンな会話を交わしたことがあります。彼女は乱歩のつもり私はポオのつもりで話していたため、話が通じなかったのです。「はて? ポオ作品に『怪人二十面相』なんてでてきたかな?」とか(笑)。

ポオのつぎに印象的だったのがG・K・チェスタートンです。有名なブラウン神父シリーズの第一作「青い十字架」はその後何度となく読み直しましたが、そのたびごとに強い感銘を受けます。とるにたらない風体の田舎神父が知的・倫理的巨人であったことの驚き。類まれなる傑作、ミステリの教科書のような作品としかいいようがありません。

小学校高学年になるころには『少年少女 世界推理文学全集』を卒業して、創元推理文庫を読み漁るようになっていました。最初に購入したのはチェスタートンでした。ブラウン神父シリーズの『ブラウン神父の不信』福田恆存+中村保男訳。これはいまでも家に現物があります。奥付を見ると「1959年11月20日 初版 1970年3月27日 6版」となっています。

中学生になってからはハードボイルド派のレイモンド・チャンドラーに凝りました。またSF小説にも手をのばしアイザック・アシモフ作品を読みふけりました。どちらも「少年少女 世界推理文学全集」に収録されている作家です。

ポオ、チェスタートン、チャンドラー、アシモフ・・・。こうして自分の読書歴を回顧してみると、『少年少女 世界推理文学全集』が私の読書生活に大きな影響を与えてきたことが分かります。ある意味では私という人間のかなりの部分は、この子供向けミステリ全集に負っているのかもしれません。

『少年少女 世界推理文学全集』 あかね書房、1963-1965

(喜八 2004-12-12)

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