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2004年10月30日

『ロング・ウォーク・ホーム』

The Long Walk Home Trailer


映画『ロング・ウォーク・ホーム(原題:The Long Walk Home)』リチャード・ピアース監督(1990)について(2004-10-22 VTR 鑑賞)。


ストーリー》1955年から1956年にかけてアメリカ合州国アラバマ州モンゴメリー市で実際に行われた黒人市民によるバスボイコット運動を背景としています。モンゴメリーは南北戦争(1861-1865)時は南部連合結成の地および首都であった歴史をもつ極めて保守的な街で、当時7万人の白人市民と5万人の黒人市民が住んでいました。

深南部(ディープサウス)と呼ばれるアラバマ州・ミシシッピー州・ルイジアナ州・サウスカロライナ州・ジョージア州・フロリダ州などでは奴隷制廃止後も人種差別が根強く残りました。黒人男性が白人女性に声をかけただけで(ときには「見た」だけでも)残虐な拷問を受けて殺されるなどは珍しくなかったのです。そしてリンチに荷担した白人が裁判で有罪になることは皆無でした。

バスボイコットは1955年12月1日黒人女性ローザ・パークス(42歳)がモンゴメリー市営バスの車中で逮捕されたことを発端としました。逮捕の理由は「白人乗客に席を譲らなかったから」。当時のモンゴメリー(および南部の諸都市)では黒人はバスの後ろのドアから乗車しなければならず、座る位置も後部座席に限られ、さらにバスが混んできたら白人客に席を譲らなければならないと法律で定められていました。

ローザ・パークスは1日中お針子として働いて疲れきっていただけでなく、それまで黒人として受けなければならなかった数々の侮辱にはもう耐えられないと思い「(白人男性に)席を譲れ」という命令を断固として拒否し逮捕されました。

この逮捕に憤慨した黒人市民が381日間にわたって、ある者は自家用車に乗り合わせ、ある者は歩いて職場や学校に通い続けたのがバスボイコット運動です。このモンゴメリーの事件はいまでは黒人市民による公民権運動(Civil Rights Movement)の輝かしい勝利のひとつと評価されています。

『ロング・ウォーク・ホーム』の主人公のひとりオデッサ・コッターウーピー・ゴールドバーグ)は黒人メイドです。家族は夫と3人の子供(長女・長男・次男)。慎ましいながらも平穏に暮らしています。
もうひとりの主人公ミリアム・トンプソンシシー・スペイセク)はオデッサの雇い主の白人女性。夫とふたりの娘がいます。典型的な白人中産階級の一家です。

バスボイコット運動に協力するためオデッサは勤務先であるトンプソン家まで歩いて通わなければならなくなりました。自宅からトンプソン家までは相当の距離があるようです。オデッサは足に血豆をつくりながら、ときには冬の冷たい雨の中を歩いて通いつづけます。「子供たちのために」とつぶやきながら。

そんなオデッサに同情したミリアムは自家用車でメイドを送り迎えするようになります。そしてさらに複数の黒人女性を送迎する「カー・プール」運動にもかかわっていきます。典型的な中流家庭婦人だったミリアムもバスボイコット運動によって変わっていったのです。しかし、その行動が白人至上主義者の義弟を始めとする白人社会との軋轢を生んでゆくことに・・・。

感想シシー・スペイセクウーピー・ゴールドバーグという2大女優の激突が見ものです。これだけ存在感のある俳優(女優)というのはそれほど多くはないでしょう。とはいえふたりとも大仰な演技を披露するわけではありません。とくにウーピーは感情表現を抑えた静かな演技に徹っすることで深い怒りを体現しています(おそらくは本物の怒りを)。

劇中のミリアムのようにメイドをクルマで送迎した白人主婦は実際に少なからず存在したようです。彼女たちの多くは政治的な意図を持って公民権運動を支持したわけではないのでしょう。人種や立場を超えた思いやりや友情から行動せずにはいられなかったのでしょう。あるいは単に「メイドなし」の不便を我慢したくなかったのかもしれません。

けれども当時白人が黒人に協力するというのは大変に危険な行動であったことは間違いありません。公民権運動は黒人の側に多大の犠牲者をだしましたが、少なからぬ白人協力者たちも差別主義者の白人によって危害を加えられ、ときには殺害されているのです。

ところで『ロング・ウォーク・ホーム』には黒人メイドのオデッサと白人主婦のミリアムというふたりの主人公のほかに「第3の主人公」が存在します。画面には姿を現さず声だけの出演ですが。

それがマーチン・ルーサー・キング・ジュニア(Martin Luther King, Jr. 1929-1968)です。キングはバプテスト教会の牧師でアメリカ合州国における黒人公民権運動を代表する人物です。1964年にはノーベル平和賞を受賞しています。

『ロング・ウォーク・ホーム』の中ではキング牧師の実際のスピーチの録音が2度流されます。

最初はボイコットの初日(1955-12-05)に疲れきって帰宅したオデッサと家族がホールト・ストリート教会で牧師のスピーチを聞く場面。演説している牧師の姿は映されませんが、これがキング牧師です。当時まだ26歳の若さの無名の人物でした。キング自身が「わが生涯で最も決定的な演説」と述べているように、この夜がその後のキングの輝かしくも辛苦に満ちた経歴の始まりでした。

And we are not wrong; we are not wrong in what we are doing. If we are wrong, the Supreme Court of this nation is wrong. If we are wrong, the Constitution of the United States is wrong. If we are wrong, God Almighty is wrong. If we are wrong, Jesus of Nazareth was merely a utopian dreamer that never came down to Earth.
われわれは間違っていません。われわれがやっていることは間違ってはいないのです。もしわれわれが間違っているとしたら、この国の最高裁判所が間違っていることになるのです。もしわれわれが間違っているとしたら、合州国の憲法が間違ってることになるのです。もしわれわれが間違っているとしたら、全能なる神が間違っていることになるのです。もしわれわれが間違っているとしたら、ナザレのイエスは単なる空想家ということになって、地上には来られなかったことになるのです(『マーティン・ルーサー・キング自伝』クレイボーン・カーソン編、梶原寿訳、日本基督教団出版局、2001より引用)。

2番目の声だけの出演は映画の終わりエンドクレジットで流される演説録音です。こちらは1965年3月25日、アラバマ州セルマからモンゴメリーまで2万人が歩いた「セルマ行進」の直後に行われたものです。この演説の数時間後、若い黒人運動家たちを車で送っていた白人女性がク・クラックス・クラン(狂信的な白人至上主義者団体)のメンバーによって射殺されています。

映画の中で描かれているキング宅爆破事件は実際にあったことです(1956年1月30日)。キングへの殺人の脅迫は彼の生涯に渡って幾度となく繰り返されました。銃器があふれるアメリカ合州国で「殺してやる」という脅迫を受けるのは想像を絶する恐怖をともなうに違いありません。

実際にアメリカの黒人解放運動指導者で暗殺やリンチによって命を奪われた者は非常に多いのです。
キング牧師も公民権運動にかかわってからはずっと死を覚悟していたといわれます。何度か命を狙われた後、1968年にテネシー州メンフィスのモーテルで暗殺者の手によってたおれました。


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投稿者 kihachin : 2004年10月30日 20:12

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コメント

 コメントどうもありがとうございました。 

 南軍の首都の件に関してですが、知っている範囲での答えをコメント欄に掲載させていただきましたので、またチェックしてみてください。

 それでは、これからもよろしくお願いいたします。

投稿者 sushi : 2005年01月08日 11:49

sushi さん、ご教示ありがとございました。
大変に参考になりました。

sushi さんのブログは素晴らしいですね。
今後も愛読させていただこうと思っています。

投稿者 喜八 : 2005年01月09日 17:25

大変参考になり、又、感銘を受けました。
今後の私の講演の中で、語っていこうと思います。
ありがとうございました。
   NPO法人 MEDIA RANKING
理事長 井上 光信

投稿者 井上 光信 : 2005年04月27日 12:56

井上さん、はじめまして。
コメントありがとうございました。

このごろはキング牧師への注目度が高まっているように感じています。
9・11ニューヨーク市テロ、アフガニスタンとイラクの戦争と大きな暴力が続いたことが、キング牧師の平和運動を再評価することにつながっているように思います。
実際にはベトナム戦争に反対したことによりマーチン・ルーサー・キングは(国内では)孤立したそうですが・・・。

それでは今後ともよろしくお願いします。

投稿者 喜八 : 2005年04月27日 20:00

バスボイコットで検索したところ、この映画紹介を偶然拝見させていただけました。
以前「ミシシッピー・バーニング」という映画で根深いアメリカの黒人差別のことはある程度知っていましたが、この作品も縁があったらぜひ見て見たいと思います。
良い作品をご紹介いただき、ありがとうございました

投稿者 梶原康弘 : 2005年10月25日 17:20

梶原さん、はじめまして。
コメントありがとうございます。
この記事にコメントがつくと大変に嬉しいのです。
『ロング・ウォーク・ホーム』は素晴らしい映画だと思います。
ぜひとも鑑賞をお勧めします。

投稿者 喜八 : 2005年10月26日 05:50