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2005年01月23日

アルミ缶に思う

毎日のようにビールを飲みます。一度に500ml 缶を2つ空けます。それで空き缶がどんどん溜まっていきます。私が住む地域ではアルミ缶は「資源ごみ」ということになっていて、月に2度の回収日が指定されています。

が、その回収日についつい出し忘れてしまうのですね。「まあ、いいや次回で」なんてことが何度か続くと馬鹿にならない数の空き缶が溜まってしまいます。ちなみに缶ジュース類は一切飲まないので空き缶はすべてビールのものですが、それでも凄い量になります。

このように大量の空き缶が備蓄(?)されたら・・・、じつはそれほど困りません。回収日も何も関係なくアルミ缶の詰まったポリエチレンの大袋を50cc バイクの足元に積んで出かけます。と言っても不法投棄するわけではありません(笑)。アルミ缶を回収している人たちに直接手渡すのです。

自転車の荷台に山ほどアルミ缶の入った袋を積んでいる人の姿を見たことがある方は多いと思います。そのようなアルミ缶回収の人がいたら「お手数で恐れ入りますが、これを持っていってもらえないでしょうか」というように丁寧にお願いして、アルミ缶を受け取ってもらいます。

また昨今の不景気を繁栄してか、アルミ缶回収をしている人は少なくなく、ちょっとバイクで走っただけでほぼ確実に行き会うことができるのです。最近も何回かそうやって有効に資源をリサイクルしました。

その際、印象に残ったことがあります。相手の方から「ありがとうございます」とお礼を言われたのが2度続いたのです。「ありがとうございます」という表現を私はインターネットでは多用していますが、実生活ではよほど改まった席か仕事の上でしか使いません。他の人から言われることも多くはありません。

そのアルミ缶回収の人たちはおそらく世間の言葉でいえば「ホームレス」ということになるでしょう。彼らの「ありがとうございます」は丁寧でありながら自己を卑下するニュアンスのないさっぱりとしたものでした。2人とも髭を生やしていたためもあってか、一種「古武士」的な雰囲気さえありました。

私を含めて多くの人は「ホームレスなんて・・・」とつい相手を見下してしまいそうですが、それはやはり間違った姿勢なのでしょう。アルミ缶を通じて私が言葉を交わした2人の男性は「礼儀正しさ」という点で明らかに「一般人」の大多数より優位にありました。

相手の礼儀正しさを「人間的弱さ」と錯覚して、逆に横柄な態度をとってしまうオッサン・オバハンなんてのは世間には溢れています。そうでもしないと自分の優位を保てないと思い込んでいるのかもしれません。

とはいえ・・・。せちがらい娑婆では横柄な態度が「トク」を生むことが多いのは事実です。横柄な態度・無礼な言動で相手を心理的にひるませ、その隙をついて事を有利に進める。こういったやり方の実効性に気づき、臆面もなく実践できるようになることが「世慣れる」ことだと考える大人も少なくないのでしょう。

そう考えるとアルミ缶を回収する人たちの礼儀正しさというのは意外なことではないのかもしれません。見知らぬ人間に自然に「ありがとうございます」といえるような資質が他の条件と組み合わさって、却って競争社会では不利となったのかもしれません。私自身はそういう礼儀正しさには親しみを覚えますし、横柄な態度で他者を威圧して自分の優位を保とうというような生存戦略はとりたくないものだと思っています。

最後に故網野善彦先生(日本中世史)の言葉を引用します。

本当に実質があれば威張る必要はないわけで、実質がないから威張るのです(『神と資本と女性』網野善彦・宮田登対談集、新書館(1999)より引用)。


参考ページ


投稿者 kihachin : 2005年01月23日 20:02

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トラックバック時刻: 2005年01月23日 20:46

コメント

喜八さん、考えさせられる記事、有難うございます。

私もマナーというものは人間関係を気持ち良く保つために
とても大切なものだと思います。自省も込めてですが、
「横柄な態度」で相手に迫るようなやり方は好みません。

挨拶を何故するのか?それはお互いにとって心地良いから。
これで私は充分だと思っています。

千代田区で例の「ポイ捨て条例」が施行されたときの
キャッチコピーが「マナーからルールへ」というものでしたが
「ルール」はそれを破った場合にはペナルティを課される
という点で「マナー」と異なると思っています。

社会のあり方としては、「ルール」などなくても「マナー」を
自然と実践している方が望ましいと私は思っていますので、
そのキャッチコピーには違和感を感じました。

私はフィジーが好きで、何回か休暇を過ごしたことがあるの
ですが、「Bula!」と挨拶するフィジーの人たちの、
こぼれるような笑顔を見るたびに、こういう社会では
子供に「挨拶をしなければならない」などと教える必要も
ないのだな、と思わされました。

何だか脱線気味のコメントで済みません・・・脱線のついでに
私が江戸について書いた記事をトラックバックさせて頂き
ます。

T.D.

投稿者 tropical_dandy : 2005年01月23日 20:45

T.D. さん、こんにちは~。
コメントありがとうございました。

> 挨拶を何故するのか?それはお互いにとって心地良いから。
> これで私は充分だと思っています。

私は挨拶の意味を「私はあなたの敵ではありません」というメッセージを相手に送ることだと考えています。
そして権威者によって強制されるような「礼儀作法」なら「まっぴらごめん」とも思っています(笑)。
T.D. さんの考え方とは共通する部分が大きいようですね。

> 私はフィジーが好きで、何回か休暇を過ごしたことがあるの
> ですが、「Bula!」と挨拶するフィジーの人たちの、
> こぼれるような笑顔を見るたびに、こういう社会では
> 子供に「挨拶をしなければならない」などと教える必要も
> ないのだな、と思わされました。

いろいろな人から聞いた話と私自身の見聞から言っても、海外ではそういう経験をすることが多いようです。
それに引き換え日本では不機嫌そうな顔をして歩いている人の数が多いという印象があります。
「なぜなのだろう?」と考え込んでしまうことがあります。

投稿者 喜八 : 2005年01月24日 12:46

アルミ缶の話いい文章ですね。私も日頃複数の
ホームレスと会話するのでよく分かります。個
人差はあるものの低姿勢で感じの良い応対は人
の気持を心地よくしてくれます。河川敷近くは
いつも同じ場所で釣りをする人がいます。

夏などは朝から夕方まで釣りを続けていますが
釣りながら飲んだビール缶2~3本を帰り際に
渡して帰る方がいるんですね~「どうも、ありが
とう。」とホームレスさんはお礼を言っています。

1kg・95円~110円のアルミ・・2~3本あっても
どうってことない訳ですが「気持が嬉しい。」と
おっしゃってます♪

投稿者 OZZY : 2005年01月26日 23:17

OZZY さん、コメントありがとうございます。

> 1kg・95円~110円のアルミ・・2~3本あっても
> どうってことない訳ですが「気持が嬉しい。」と
> おっしゃってます♪

たしかに1円玉1個にもならないようなものを貰った際に感謝の言葉を口にできる「一般人」はあまりいないかもしれませんね。とこれは私自身も含めての話です・・・。

投稿者 喜八 : 2005年01月27日 17:07