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2005年02月22日

猫を拾った話

知人から聞いた「猫を拾った話」が印象的だったので、ここへ記録しておきます。

知人は40代後半の男性です(以後、さんと呼びます)。昨年(2004)お盆休みの時期に高校3年時のクラス会に出席しました。

高校は関東地方のとある地方都市にあります。Aさんは小学生から高校生までの時期をその地方都市で過ごしました。そして現在は関西方面に住んでいます。Aさんのご両親は父親の定年退職を機に外国へ生活拠点を移したため、郷里といっていいその地方都市には現在身よりは誰も住んでいません。

高校のクラス会は大学在学中に一度開かれたきりでしたから、Aさんは遠い距離をものともせずに出席することにしました。当然、日帰りは不可能です。が、旅行慣れた彼は特に宿を予約することなくスポーツバックに着替えを入れて気軽にでかけました。

20年以上の時をあけて再開した旧友たちとは大いに盛り上がったそうです。一次会の後は当然のように二次会。最初からビジネスホテルにでも投宿しようと考えていたAさんはどこまでも付き合うつもりでした。

Aさんによると高校時代はそれほど親しい間柄になかった1人の元級友と非常に話が合うことが分かったのが、その夜前半の最大の収穫だったそうです。世の中を見る眼や価値観に近いものがあり、長いときを超えた親友を得たような気持ちになったとか(「まあ酒の勢いもあっただろうけど」とも言っていましたが)。

話のなりゆきでその夜は再会した元旧友(以後さんと呼びます)の家に泊めてもらうことにもなりました。Bさんの家は先祖代々その地方に住んでおり、家も旧家らしく広いということです。

二次会もお開きとなり大方の人は帰宅しましたが、まだ飲み足りない面々は三次会へ・・・。いったん最寄の私鉄駅前まで歩いて出て、帰宅する人たちと別れの挨拶を交わします。三次会の会場となるスナックは駅近くの盛り場にあるとのことでした。

ここでAさんは不意にトイレに行きたくなりました。そこで近くにいた人にその旨を伝えて、駅付属のトイレに行きました。込んでいたためやや時間がかかった後、元の場所に戻ると・・・。誰もいませんでした!

後になって分かったことですが、Aさんがトイレに行くことを伝えた人はもともと二次会で帰る予定だったのです。その人が他の人に伝言するのを忘れて帰宅してしまったため、Aさんは突然姿を消した格好になってしまいました。「今日はうちに泊まればいい」と言っていたBさんも深く酔っていたためか、あるいは元々の鷹揚な性格のためか「Aさんは急に気が変わって帰ったのだろう」と思ったのだとか(夜遅い時間に帰宅できるような距離ではありませんが)。

結局、Aさんは1人取り残されてしまいました。三次会のスナックの名前は覚えていません。メンバーの誰かの携帯電話の番号も聞いていません。それでも「どうにかなるさ」と繁華街を歩き出しました。そのうち元級友たちに会えるのではないかと思ったそうです。

しかし誰も見つかりません。雑踏をウロウロしていると足元になにか不思議な感触が・・・。酔眼朦朧とした目で見下ろすと、そこには1匹の仔猫がいました。

Aさんは本来猫好きな人なのですが、この場合は旅先でしかも道に迷っているということもあり、仔猫を無視して歩き続けます。でも仔猫は執拗にAさんについてきます。「はてな?」と思ってよく見ると、Aさんの手にしたスポーツバックから何やら細長いものが垂れ下がっていて、仔猫はそれに興味をひかれて後をついてきていたのでした。

その細長いものとはAさんがスポーツバッグの中に入れておいたウエストポーチのベルトの部分でした。トイレに行った後、喉が渇いたため自動販売機でお茶を買いました。ウエストポーチから財布をとりだしたとき、酔っ払っていたためそのベルトがスポーツバッグからネズミの尻尾のように飛び出していたのです。仔猫にとっては絶好の遊び相手でした。

Aさんは「仲間においていかれた」という寂しさも手伝って、仔猫を抱き上げました。真っ黒で尻尾の長い器量良しの猫でした。元来が猫好きの人ですから、「ご飯を買ってやろう」と思い立ちました。そこで近くにあるコンビニエンス・ストアで猫用の缶詰を購入しました。

駅前のベンチに座って、缶詰を開けて足元で猫にご飯を与えました。おなかが空いていたのか仔猫は凄い勢いでネコ缶を平らげます。Aさんはなんとなくボンヤリした思いで、そこに座りつづけました。仔猫と別れるのにも未練があり、またそこに居れば誰か知り合いが通りかかるかもしれないという考えもあったのです。

しかし誰も通りかからないまま終電の時刻が過ぎました。もとより「ビジネスホテルにでも投宿しよう」というAさんですから、電車のあるなしは関係ありません。ご飯を食べ終えて満足そうな仔猫を膝に乗せて、のんびり構えていたそうです。

結局、Aさんは仔猫を家に連れて帰ることにしました。Aさんの奥さんも非常な猫好きですから、その点は問題がありません。ただ問題は「その夜をどう過ごすか?」です。私(喜八)なら仔猫をスポーツバッグに隠して、何食わぬ顔でビジネスホテルに入ってしまうところですが・・・。

律儀なAさんはそのまま駅のベンチで仔猫とともに朝まで過ごすことにしました。夜の前半は、年若い少年少女、酔っ払い、外国人、はたまたホームレスらしき人などで賑わっていた駅前も次第にひっそりとなっていきました。Aさんはぐっすり寝込んだ仔猫を膝に乗せ自身もうとうとしながら、朝を待ちました。一度は駅前派出所の制服警官が質問にきたそうですが、事情を話すと驚くほどあっさりと納得してくれたそうです。

午前7時を過ぎた頃、近くのペットショップを訪れ(警官が場所を教えてくれたのです)、開店前のところを特別にお願いして猫を運ぶための籠を購入し、仔猫とともに家路につきました。

なんとも「お疲れさま」としか言いようのない話ですが、なんとなく心に残る話でもあったので長々と書かせてもらいました。黒い仔猫はAさんの家で何不自由なく育ち、いまでは家の主のような顔をしています。


投稿者 kihachin : 2005年02月22日 21:22

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お世話になっております!nagemaniaです。 私のブログで紹介させて頂きました! [続きを読む]

トラックバック時刻: 2005年03月23日 11:39

コメント

こんばんわ。私も猫が大好きです!父方の祖母の家に飼っていた猫はとってもお行儀がよく、いつも家には入りません。入っていいよと言うと入るのです。以前、家に入ろうとしたら祖母に酷く怒られているを見ました。(笑)その猫の名は虎猫みたいな猫だったのでトラと名付けました。(笑)トラはそれ以来、玄関から上に上がると祖母に叱られると思ったのか玄関までは入るが、ちょこんと座って誰かが来るのを待っています。18時になると必ず帰って来て鳴き、爪で窓をガリガリと音をさせて知らせます。島育ちのトラは煮干と、鯛のおかしらと、それから醤油おかきにきゅうりが大好物です。冷めたお雑煮も好きです。(笑)Aさんが飼う事になった人懐っこい猫の名前はなんと言うのでしょうか・・・。気になります。(笑)うちの家はマンションなので猫飼えないんですよ・・・。そういえば、猫で思い出しましたが、私のブログをいつも読んでくださるhimawariさんという方のブログのあややちゃん(猫)はすごく個性的で大好きです。一度、遊びに行ってみて下さい。(笑)【ひまわり色の人生】→http://blog.livedoor.jp/himawari1974/

投稿者 ありす : 2005年06月09日 22:51

ありすさん、こんにちは。
これまた古い記事にコメントをいただきまして、ありがとうございます!

> Aさんが飼う事になった人懐っこい猫の名前はなんと言うのでしょうか・・・。気になります。(笑)

「チビ」という名前がつけれたそうです。
でも、いまは立派な大猫に成長しているそうです(笑)。
あややちゃんの写真、見てきました。
名前から受ける印象より風格があるニャンコですね。
六角形の家がいいですね。うちでも欲しくなりました。
「冷めたお雑煮」が好きなトラちゃんにもよろしく~。

投稿者 喜八 : 2005年06月10日 08:53

またまた失礼します。書き忘れましたが、うちのトラは・・・・天国で思う存分、魚を食べていると思います・・・。近所の猫に殺られました・・・。(号泣)祖母の家に行って、その猫が庭に入ってきたらいつも芽の出た使い物にならないじゃがいもを猫めがけて投げます。他の猫にはそのような事はしません。「あっち行け~~~!!ストレス死しろ~~!!(怒)お前なんかお前なんか~~!!!(怒)」といつも怨んでいます。(かなり酷い人間です。)よろよろになって死んでいったトラがあまりにも可哀想で可哀想で・・・。私がいつかおばあちゃんになって天国へいけるかはわかりませんが、会えたらいっぱい可愛がってやりたいという野望があります。(笑)随分先の話です。

投稿者 ありす : 2005年06月10日 20:53

ありすさん、こんにちは。(^_^)/
トラくんは故人でしたか・・・。
彼の冥福をいのります。
いままで家にいた猫たちとあの世で再会できる、と私も何時も考えています。
キリスト教などでは猫や犬は天国に行けないと聞いたことがあります(間違えているかもしれませんが)。
それで私はキリスト教徒には今後もなりそうにありません(笑)。

投稿者 喜八 : 2005年06月11日 08:50

喜八さん、こんにちは~。

ちょっと、話から逸れて雑学(?)っぽい話になってしまいますが・・・実は聖書には(『旧約』『新約』含めて)「猫」が登場しないんです。聖書にはいろいろな動物が登場するのに猫は何故?と思って、キリスト教の聖職者、聖書の研究者の方に伺ったことがありますが、恐らく主に聖書の舞台になっている古代ユダヤでは猫が存在しなかったのではないかということでした。

確か『聖書動物事典』のような本もあります(好事家にはお薦めかも・・・)。それはそれとして、飼っていた猫が亡くなって哀しむのは恐らく万国共通の感情ではないかと思います。キリスト教が布教されたギリシャ・ローマでは猫をたくさん見ることができますし・・・。

キリスト教の厳密な教義は私もよく分かりませんが、多分、人間の考えることは地域差はあっても、大きくは変わらないのではないか、と私は推察しています。

T.D.

投稿者 tropical_dandy : 2005年06月13日 18:35

> ちょっと、話から逸れて雑学(?)っぽい話になってしまいますが・・・実は聖書には(『旧約』『新約』含めて)「猫」が登場しないんです。

そうなんですか!
まったく知りませんでした・・・(無知)。

> キリスト教の厳密な教義は私もよく分かりませんが、多分、人間の考えることは地域差はあっても、大きくは変わらないのではないか、と私は推察しています。

実感として世界中どこの国・地方の人でも「人情」はあまり変わらない。少なくとも違う部分よりは共通の部分のほうが多い、とは思っています。
どこに行っても挨拶や感謝の言葉をちゃんと口にできる人が好かれるし、無礼な人や傲慢な人が嫌われるのは一緒です。
一般庶民のあいだで人殺しや詐欺師が尊敬される国なんてのもありませんからね(笑)。

投稿者 喜八 : 2005年06月14日 12:27