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2005年05月06日

福沢桃介

桃介橋

わびすけさんから木曽川にかかる桃介橋の写真を送っていただきました。
この橋の名の由来となった「福沢桃介(ふくざわももすけ)」という人の名を私(喜八)は初めて聞きました(無知)。
これからドロナワ式に調べてみることにします・・・。

以下はわびすけさんの文章です。

先日、南木曽のミツバツツジを見に山梨県へ出かけました。
天白公園の南木曽のミツバツツジは八分咲きでした。
その公園の前に川が有り「桃介橋」が有りました。
ウンチクはやめますが福沢桃介です。
日本最大級の木道のつり橋です。

(以下ふたたび喜八)
いや~、驚きました。
この福沢桃介という人は実に興味深い人物ですね。
インターネットで検索してみたら、以下のページを発見しました。

川越原人さんという方のホームページの中の記事です。
この記事で紹介されている『鬼才福沢桃介の生涯』浅利佳一郎、NHK出版(2000年)という本の記述などにしたがって「福沢桃介」という人の略歴を以下に記してみます。

  • 明治元年(1868)現在の埼玉県比企郡で生まれる。
  • 生家の岩崎家は川越に転居。桃介はその地で少年時代を過ごす。
  • 岩崎家は貧しかったが、桃介は「神童」といわれるくらいに学業優秀だった。
  • 中学校卒業後、知人の勧めもあって慶応義塾に進学。
  • 慶応義塾で塾長福沢諭吉の次女ふさに見初められ、ふさの夫として福沢家に婿入りすることが決定。
  • アメリカ留学・企業研修。帰国後ふさと結婚。
  • 北海道で「北海道炭礦鉄道会社」に就職するが結核が発見して退職。当時の結核は「死病」として恐れられていた。
  • 病身でもできる仕事として、株の売買を開始。1000円の元手を10万円に増やす。「相場師」「兜町の飛将軍」などの異名がつく。
  • 株式売買で手にした資金を各種の事業に投資。最終的には電力に活路を見出し木曽川の水力発電に邁進。「電力王」と呼ばれるようになる。
  • 日本初の女優である川上貞奴と公然な愛人関係をもつ。
  • 昭和13年(1938)70歳で死去。

福沢桃介は小学校のときのあだなが「一億」でした。これはいつか一億円をもつ金持ちになるというのが口癖だったからです。大人になってからは上にも書いたように「相場師」と呼ばれ、また豊富な資金に物を言わせて企業買収を行なったため「乗っ取り屋」とも呼ばれたのでした。社債を発行してイギリス・アメリカなど海外から資金調達を初めて行なったのも福沢桃介なのだとか。

一代で富を築く人の多くに共通しているように、相当に強引なところがありました。「桃介橋」のある南木曾の開発にあたっても地元の人たちからは随分と恨みを買ったようです。南木曾では福沢桃介の発電所開発計画に反対運動をおこした島崎広助(島崎藤村の実兄)が現在に至るまでヒーローとされているのです。

その反面、福沢桃介は不況を理由とする安易な「首切り」に断固として反対し、実直な労働者たちを解雇するよりも先に能力の高い(給料も高い)者たちをやめさせろという信念ももっていました。能力の高い者たちのほうが再就職しやすいからです。桃介自身も経営者の地位に汲々とすることもなく、鮮やかな身の引き方を示しています。

子供のころからハンサムだったので、女性にはモテました。愛人関係にあった川上貞奴はパリで川上座の公演をした際は画家のピカソ、彫刻家のロダン、小説家のアンドレ・ジイドなどが貞奴の楽屋に通い詰めたそうですから、これは大変な話です。当時の国際的な女優といってよいでしょう。

お金にも女性にも好かれた福沢桃介。なんとも羨ましい・・・というのが正直な感想です(笑)。

以下のページでは「桃介橋」が豊富な画像とともに詳細に解説されています。
RT さんという方のホームページ内の記事です。

わびすけさんから送っていただいている画像をきっかけに、いろいろな分野の知識を新たに得ることができます。
つくづく感謝しております。m(__)m


投稿者 kihachin : 2005年05月06日 20:42

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トラックバック時刻: 2006年12月08日 17:07

コメント

喜八さんお疲れ様でした
私が桃介の名前を知ったのはもう5-6年前
川上貞奴の菩提寺に出かけた時でした
木曽川沿いに今は尋ねる人も無くひっそりと奉られています

投稿者 わびすけ : 2005年05月07日 11:34

わびすけさん、こんにちは。
コメントありがとうございます。
私が福沢桃介を知ったのは、わびすけさんのお陰です。
どうもありがとうございました。
『鬼才福沢桃介の生涯』浅利佳一郎、NHK出版(2000年)には面白いエピソードがたくさんあったのですが、その全部は紹介できないので、ごく一部だけを書きました。
川上貞奴という人も名前だけは知っていましたが、非常に興味深い人ですね。

投稿者 喜八 : 2005年05月08日 10:15

喜八さん。コメントと
トラックバックありがとうございます。
福沢桃介さんはあの本の中にも何度か
登場しているのですが頭がよく男前な
方だったそうですネ。僕も今日か明日
あたりににはあの本が読み終わりそうです。

投稿者 カリスマホームレス : 2005年07月11日 11:01

カリスマホームレスさん、こんにちは。

福沢桃介という人のことは、上のブログ記事を書くために調べ物をして、初めて知りました。
松永安左エ門という人のことも、そのとき知りました。
自分がいかに無知であるか良く分かります。(^_^;)
「歴史から学ぶ」のは大切なのでしょうね。私は歴史関係の本をあまり読みませんが、反省して歴史書を紐解いてみようと思っています。

投稿者 喜八 : 2005年07月11日 12:08

こんにちは。
名古屋市にある、旧川上貞奴邸へもぜひ一度お越しくださいませ。
http://www.futabakan.city.nagoya.jp/

投稿者 ナゴヤはええよ、やっとかめ : 2006年04月07日 11:44

ナゴヤはええよ、やっとかめさん、はじめまして。
「文化のみち二葉館」のHPをご紹介していただきまして、ありがとうございます。
大変に興味深い施設ですね。
名古屋に行く機会があったら、ぜひ訪れたいと思います。

投稿者 喜八 : 2006年04月07日 15:01