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2005年07月22日

がんばらなくてもいい

意外な人の「がんばらない」発言。

「がんばれ」なんて言いません。
ムリしてがんばらなくてもいいから、
会社に利益を出してください。
そこしか見てませんから。

ホリエモンの新資本主義!堀江貴文、光文社(2005)からの引用です。

作家の村上龍さんがおなじ意味のことを書いているのを読んだことがあります。
「がんばらなくてもいいから、結果をだせ」という趣旨だったと記憶しています。

現実にこんな言いかたをされたら腹が立つ可能性は高いでしょう。
が、「結果をだせ」というのは正論です。
ここは、ありがたいアドバイスとして承っておくことにしましょう(笑)。

村上龍さんも堀江貴文さんも毀誉褒貶の激しい人たちですが、とにかく結果を出し続けているという事実は否定しようがありません。見習うべき点は多いと思います。

ところで、以前「頑張らない人たち」というホームページ記事を書いたことがあります。
そのとき痛感したのは「頑張らない」ことを主張する人には意外なことにハード・ワーカーが多いということです。
人並み外れた行動力と熱意でもって専門分野で成功してしまう人が少なくないのです。
まことにもって人間というのは不思議です。

なんて他人事のように書いていないで、「頑張らないトレーニング」で私も結果をださなければいけませんね・・・(大汗)。


投稿者 kihachin : 2005年07月22日 20:25

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トラックバック時刻: 2005年07月24日 19:24

コメント

がんばらなくてもいいから、結果を出せ。
いやあ、これって、たいていの人には、イヤミに聞こえそうです。
とはいえ、一方に、まわりにつきあわされて、しなくてもいい残業をする、なんて人がいるのも事実……。
そういう意味では、日本人の従来の感性にはちょっとあわない、ドライな実力主義をあらわしている感じがします。
まあ、結果を出せば良いからといって、キタナい手段を使うのは考え物ですが……(笑)。

投稿者 とら : 2005年07月22日 21:32

とらさん、おはようございます!

> いやあ、これって、たいていの人には、イヤミに聞こえそうです。

私もそう思います。
また、そうだからこそ、村上さんや堀江さんのことを嫌う人も少なくないのでしょう。
が、私は「ありがたいアドバイス」として聞くことにします。
「そうか、それなら結果を見せてやる~!」という感じです(笑)。
そういう意味では、村上さんや堀江さんの存在は私にとって「人生のスパイス」とも言えるかもしれません。

投稿者 喜八 : 2005年07月23日 05:20

喜八さん、こんにちは!

おお、お仲間発見!と喜んでいるところです。私も「頑張る」という言葉は好みません。一般に激励の意味で「頑張ってください」という言葉、よく使われるのですが(もちろん、人から言われる分には善意でおっしゃって下さるのでしょうから、感謝しますが)自分では、まず使うことのない言葉です。

他の方からどう見られるかは分かりませんが、私も健康面で万全と言う訳ではありませんし、家族(故人)に障害を持つ人もいました。それぞれの人がその人なりの事情を抱えて生きている・・・当然のことなのですが、「頑張ってください」にはそういう配慮が欠けていると、私は思います。

それに、鬱状態の人に「頑張れ」は禁句だというのは今では常識だと思いますが、自殺念慮を抱えている人にとっては刃のような言葉です。現にそれで自殺してしまった人を私は知っています。

上に上げたような例は健康な人には理解され難い機微かも知れませんが・・・。

ビジネス(に限らないかも知れませんが)をしていて思うのは、「頑張れば何とかなる」という精神主義が蔓延しているということです。

私は、「頑張ること」自体は美徳ではないと私は思っています。私の場合、結果が出なければリスクを負担するのは私ですし、私のビジネスの成否に関わる人たちですから・・・。過程を大事にしないという訳ではないのですが、最重要なのは結果です。

と言うことで、私には堀江さんの発言は当たり前過ぎて厭味には聞こえないのですが・・・などと言うと世間を狭くしてしまいますね(苦笑)。

T.D.

投稿者 tropical_dandy : 2005年07月23日 13:41

tropical_dandy さん、こんにちは。
コメントありがとうございます。

>それに、鬱状態の人に「頑張れ」は禁句だというのは今では常識だと思いますが、自殺念慮を抱えている人にとっては刃のような言葉です。現にそれで自殺してしまった人を私は知っています。

じつは私も知っています。それも10代の終わりから20代の大部分を一番親しくつきあった友人でした。彼が欝になったとき、無知な私は「お互いに頑張ろう。俺たちは必ず勝つ!」というような激励さえしてしまいました。要するに馬鹿だったのです。私が「頑張らない」ことにこだわり始めたのは彼の自死以降のことです。

>ビジネス(に限らないかも知れませんが)をしていて思うのは、「頑張れば何とかなる」という精神主義が蔓延しているということです。

私は精神主義は嫌いではないのですが、精神主義がいきすぎて「不合理礼賛主義」のようになってしまうと、これはもうアウトですね。
あるいは目的が「頑張っているポーズ」を(上位者に)見せることにすりかわってしまうとか・・・。

ところで、私も(微小なりとはいえ)ライブドアの株主なのです。だから、上の記事中の引用はホリエモン氏にそのまま言い返すこともできるわけです。「がんばらなくてもいいから、経営者として結果をだしてください。株主は結果しか見ませんから」と(笑)。

投稿者 喜八 : 2005年07月23日 15:24

こんばんわ。
バリバリ成果主義の会社で勤務している、窓際会社員いちみです。
う~ん、ウチでもトップの方や成果を出している方は、やはりハード・ワーカーですね。多くの人が、すっごい勢いでシノギを削っております。
そして反面、精神的苦痛に耐え切れない方も多数、、、。
神経性失調による長らくの休職からようやく復帰した同僚が、つい先月、復帰後半年で退職しました。去ってゆくかれに、何と声をかけていいものか、言葉がみつかりませんでした。本当に、「頑張って」という言葉は、つかえないのですもの!

そんな会社ですが。根性と打たれ強さだけで生き延びてきたような私でも、正しい方向に努力すれば、それなりに評価されるような道がどこかにあるんじゃないか、と。辞めてしまった友人のかれの分も、しぶとく生き延びなければ、と。

、、、言いつつ、日々、リストラ計画の噂にビビりまくってたり、するんですケド(^^;)

投稿者 主婦いちみ : 2005年07月24日 01:01

喜八さん、今晩は。

そうでしたか・・・私も喜八さんの抱えていらっしゃる問題意識の奥底にあるものには思い至らず、大変失礼な発言をしてしまったと猛省しております。どうかご寛恕頂ければと思います。申し訳ありませんでした。

「頑張る」という言葉が出現したのは江戸時代(諸説ありますが現在の意味とは異なるようです)で、明治期から比較的現在に近い意味で使われるようになったようです。言わば富国強兵という国策の中での刻苦勉励の奨励と言えると思います。そこに、私は「近代日本」を見る思いがします。英語で近似値の言葉を捜すと「hang in there」でしょうか。相当に強いニュアンスの言葉だと思います。

私の業界の場合、一般社会から見ると「遊んでいるのでは?」という誤解をしばしば受けます。私が思いますに、それは単に時間感覚が異なるだけであって、必死の思いであることは間違いないと渦中の私は言い切れます。

ですが、それはshowbizでは決して見せてはいけないことだと思っています。頑張っている姿を見せるのではなく、ステージで何を見せるかが仕事ですから。(逆に「頑張っている姿」を見せる演出は「あざといなぁ・・・」と思ってしまいます。)

例えば、私はスポーツ選手がキャンプ等で如何に努力しているかには殆ど関心がありません。スタジアムでどういうプレーを観せてくれるかが、私にとっては全てです。本来、興行とはそういうものだと思っています。その意味で私は「精神主義」を過度に採り上げるドキュメントにも余り関心がありません。

「努力」、「一生懸命」、「必死」そして「頑張る」・・・それ自体は美徳ではないと私は考えます。もちろん、外の方から「頑張ってるね」と言われれば(その方の善意を考えれば)感謝の言葉を述べます。ですが、私は、残念ながら芽が出なかった(それは私の責任大です)人々に、言わば「解雇通知」をしなければならない立場にもいます。

音楽だけが全てじゃないさ・・・などとはとても軽々には言えません。ただ、いくら頑張ってもどうしようもないことが世の中には存在する。これもまた事実だと実体験から考えています。

私企業においては、求められるのは利益です。その意味でこの堀江発言は正論過ぎて逆に彼らしくないなぁと私としては思った次第です・・・。

T.D.

投稿者 tropical_dandy : 2005年07月24日 02:26

なるほど。利益を...。
利益がなければ会社を運営していく事も
できないですからネ。いくら一生懸命頑張る
人がたくさん集まっても利益がなければ運営
できないですから当然と言えば当然と言うよう
な気もしますが..。

クオカードの件はチケット屋に持って
けば現金に変えてくれますが、一応
新規会員を作るのが目的であれを配って
いるのでカード作る事を少しばかり強制
される事はあると思います。

投稿者 カリスマホームレス見習 : 2005年07月24日 09:51

主婦いちみさん、こんにちは!

いちみさんの会社は「バリバリ成果主義」ですか!
それは大変ですね・・・。
同じくらいの能力の人たちを集めた会社組織の中での競争はキツイでしょう。
たいていの場合「決め手」に欠けて、結局は消耗戦になってしまいますから。(^_^;)

ところで話は変わりますが、私も「一味唐辛子」のファンです。
蕎麦を食べるときは「七味」ではなくて「一味」のほうが絶対にいい! と思っています。このごろは「一味」を置く蕎麦屋さんも少しずつ増えてきたようですが、まだ少数派なのが残念です・・・。

投稿者 喜八 : 2005年07月24日 16:02

tropical_dandy さん、こんにちは。

「失礼な発言」なんてことはありませんよ!
「ご宥恕」なんて、とんでもありません!

> 英語で近似値の言葉を捜すと「hang in there」でしょうか。

これは初めて聞く説です(さすが T.D. さん!)。
「hang in there」は「一所懸命」と「頑張る」の両方に当てはまりそうです。

> ですが、私は、残念ながら芽が出なかった(それは私の責任大です)人々に、言わば「解雇通知」をしなければならない立場にもいます。

音楽の世界は厳しいですからね・・・。
ある業界が「厳しい」か「甘い」かは「親の七光り」が通用するかどうかにもよっても判断できると思っています。
音楽の世界では「親の七光り」が意外に通用しないのですね。
有名タレントの子供が鳴り物入りで歌手デビューしても、たいていの場合はすぐに名前を聞かなくなります。

それに比べて、政治家、俳優、企業経営者、サラリーマンなどの世界では「親の七光り」がバッチリ使えます。そういう意味では「甘い」世界なのでしょう(笑)。

逆に厳しいと思うのが、漫画の世界です。ここは「親の七光り」なんて、まったく効きません。最終的な「売り上げ」だけが物をいう徹底的な実力主義の世界なのですね。

> ただ、いくら頑張ってもどうしようもないことが世の中には存在する。これもまた事実だと実体験から考えています。

音楽の世界で「いいところ」まで行ったけれど結局は成功しなかった、という人を何人も知っています。
「ある程度の力があればある程度のポジションまで行ける。が、それ以上行けるのは一握りの人たちだけ」という実感があります・・・。

投稿者 喜八 : 2005年07月24日 16:04

カリスマホームレス見習いさん、こんにちは!

> カード作る事を少しばかり強制される事はあると思います。

まあ、「無条件におカネをくれる」なんて商売はありませんからね(笑)。
消費者金融のカードをつくるのは「ちょっと・・・」というところがあります。
私はとにかく借金が嫌いなので、「キャッシング」や「ローン」と名前を変えた借金も一切しません(20代のころに月賦で服を買ったことはありますが)。
カードをつくったからと言って、それを利用することはないと思います。
でも「偽造カード詐欺」なんてこともありますから、不要なカードはつくらないほうが安全ですね!

投稿者 喜八 : 2005年07月24日 16:06

うわー、すごく盛り上がっていますね!(笑)

そして、喜八さんの直前のコメントに、ちょっとしんみり。
実は私も、まわりに鬱病の人が増えてから、
「がんばれ」とか、それに類する言葉が禁句である事を学びました。
私自身は、もともと体育会系のノリなので、「がんばれ」には、受ける時も送る時も、ポジティブな意味しか受け取れないので、最初はその事が非常に不可解だったものです。

それにしても、現代社会は、どんどん、「スピードアップ」している、と言われます。
だからこそ、その速度に疲れた人に「がんばれ」が禁句なのでしょうね。だって、疲れた時は、なによりも、休むのが一番ですから。

大ヒットした「エヴァンゲリオン」では、主人公のシンジの
「逃げちゃだめだ逃げちゃだめだ」
が有名なセリフになりましたけど、私は、これも、
「逃げてもいい」
と思っています。
逃げっぱなしは良くないかもしれないけれど、自分が壊れてしまうより、逃げる方がよっぽどマシなはずです(^^;

投稿者 とら : 2005年07月24日 16:59

そう言えば、かなり前にキャスターの田丸美津々さんがエッセーで「『頑張ってください』とは言わない。言われなくても皆さんそれぞれに頑張っているんですから」と書かれていたことを思い出しました。その時は、なるほど・・・と思うだけだったのですが、思えば、そのエッセーが「頑張ってください」と私が言わなくなったきっかけかもしれません。

田丸さんは、その代わりに「幸運をお祈りします」と言うようにしている、と書かれていた記憶があります。それはちょっと直訳調かなとも思いましたが、こちらの方が気が利いているかな、と思った記憶があります。

>ある業界が「厳しい」か「甘い」かは「親の七光り」が通用するかどうかにもよっても判断できると思っています。
音楽の世界では「親の七光り」が意外に通用しないのですね。

確かに、その基準は有効ですね!音楽・スポーツの場合、入り口くらいまでは「七光り」効果があっても、最終的には「何か」を持っている人が残りますし。音楽の場合、特にポピュラー音楽の場合ですが、その「何か」はとても言語化しにくい部分だと思っています。敢えて言えば「輝き」と「響き」。これは技術の問題ではなく、教えてどうにかなるものではない資質的な要素だと思っています。

勿論、言語化できる部分については、教えられる部分もありますし、ファンの皆様に育てられる部分も、場数を踏むことで成長していく部分もありますが、それ以上は・・・。

ただ、残念ながらモノにならなかったバンドも最大限「頑張って」はいるんです。周囲の反対を押し切ってこの道を選んだ、というケースが殆どですから。これ以上「頑張れ」とは言えませんし、むしろ早い時期にセカンド・キャリアを考えた方が彼らに取ってもいいだろうと、非常に言い難いのですが、結果として引導を渡すことになります。

どうも「頑張る」という発想が明治以降生まれたと感じている私としては、それに関連する記事を書きましたのでトラックバックさせて頂きます。

T.D.

投稿者 tropical_dandy : 2005年07月24日 19:20

前回に続いて「頑張れ」問題、盛り上がっていて、
なおかつ奥が深いですね。

私も「頑張れ」に代わるいい言葉が見つからずに
いるのですが、とりあえず、
評論家みたいに「頑張れ」と言うのと、
「いっしょに頑張ろう」と言うのでは、かなり
大きな違いがあるように思います。

投稿者 マーヒー : 2005年07月25日 15:54

とらさん、こんにちは!

> 逃げっぱなしは良くないかもしれないけれど、自分が壊れてしまうより、逃げる方がよっぽどマシなはずです(^^;

鋭い意見です。
「一度逃げてしまうと、一生逃げ続けることになる」という意見があり、たしかにこれも正しいのですが、だからと言って「絶対に逃げてはいかん!」ということはないと思います。
どう考えても勝ち目のない戦いにおいては、逃げるのが最善の手段であるも多いはずですからね。
古来から「三十六計逃ぐるにしかず」という言葉もあります。
「兵法の達人」と言われるような人には逃げ足の速かったケースも多かったのでは? と私は密かに考えています。

投稿者 喜八 : 2005年07月25日 17:39

tropical_dandy さん、こんにちは~。

> これ以上「頑張れ」とは言えませんし、むしろ早い時期にセカンド・キャリアを考えた方が彼らに取ってもいいだろうと、非常に言い難いのですが、結果として引導を渡すことになります。

先に「音楽の世界で「いいところ」まで行ったけれど結局は成功しなかった、という人を何人も知っています」と書きました。
その1人が小説家の鐸木能光(たくきよしみつ)さんです。
鐸木さんは20代のころ、某大手レーベルから歌手(シンガー・ソング・ライター)デビュー寸前まで行って、駄目になったという経歴をもっています。
その後、某文学新人賞を受賞して小説家になり、現在はコンピュータ関連の著書が多く、また狛犬研究者として知られつつあるという数奇な(?)半生を送ってきた人です。
鐸木さんの会員限定メーリング・リストで音楽の世界のことをよく聞くのですが、厳しいところのようですね。(^_^;)
世間的には「いい人」のイメージで通っている人が、実はセコク立ち回るのがうまい人物だったり、平気で友人を裏切る人がいたり。
tropical_dandy さんも何かと苦労が多いのでしょうね・・・。

投稿者 喜八 : 2005年07月25日 17:40

マーヒーさん、こんにちは~。

> 評論家みたいに「頑張れ」と言うのと、
> 「いっしょに頑張ろう」と言うのでは、かなり
> 大きな違いがあるように思います。

たまたま、私も「評論家みたい」なポジションでものを言う(書く)ことについて考えていました。
こうやって、ブログなど書いていますと、ついつい自分を神のごとき絶対的な立場において、人や物事を「裁く」ような口調になりがちなのですね(私自身のことです)。
人がやっているのを見ると直ぐに気づくのですが、自分がやっているのはなかなか気づかない・・・(汗)。
大切なのは「当事者感覚」なのかな~、と思っているのです。

投稿者 喜八 : 2005年07月25日 17:40

喜八さん、今晩は!

どうも私が拘泥したために話が紛糾?してしまいまして、申し訳ありません。確かというのがに、喜八さんもおっしゃる通り、この業界、「頑張って」何とかしようがあるとは言いがたいものもありまして、また、喜八さんに申し上げるのは釈迦に説法ですが、精神に病を抱えている人は外目には分かり難いケースもあります。よって、「頑張る」に類する言葉は使わない、というのが私の基本的な考え方です。

堀江さんの発言は私企業のトップとしては当然、村上龍さんの発言は文脈が分からないものですから勘違いしているかもしれませんが「結果よりも過程を重視する日本的傾向」に冷や水を浴びせたものではないかと考えています。

「彼は頑張っているから・・・」「彼女は一生懸命だから・・・」で査定が挙がる訳ではない・・・筈なんですが、思いますに概して日本人はそうした努力をモチーフにした話が好きですね。

中日の落合監督が、現役(ロッテ)時代、「練習はしていないから」と発言していて、晩年になってホークスの王監督から「確かに、本来は試合のための準備を各選手をするのは当然で、それ自体を褒め上げたりするのは、おかしいこと。しかし、そういった含意を理解したいままに落合君の発言が採り上げられて、野球少年にも決して良い影響は与えない。落合君にとっても不利な話だよ」という趣旨のことを語ったそうです。

それまで、「練習は試合の準備、当然のことで、それがさも努力している姿が美徳であるかのように報道されるのはおかしい」と思っていた落合選手(当時)は態度を変えました。実は、落合さんが現役を離れてから、落合さんとかつて同僚だった中日の選手とお会いする機会がありました。「俺は工場勤務時代の三交代の日も含めて毎日5,000本、バットを振ってきた。5年間、1日も欠かさずだ。お前は野球始めてからそういう日が何日あった?」・・・もう一人の選手は黙ってしまいました。

もうここまで来ると、頑張っているとか、一生懸命と言う域を超えています。史上唯一の3度の三冠王は獲るべくして獲ったのです。

どうも、結果が伴わないことの免罪符に「頑張った」とか「一生懸命」などのwordingが用いられることに私は抵抗を感じます。結果を出しているからこそ落合選手(当時)の言葉に重みがあると思っています。

いろいろなことを書き過ぎました・・・この辺で私は失礼させて頂きます。

T.D.

投稿者 tropical_dandy : 2005年07月26日 01:39

tropical_dandy さん、こんにちは~。

> 中日の落合監督が、現役(ロッテ)時代、「練習はしていないから」と発言していて、晩年になってホークスの王監督から「確かに、本来は試合のための準備を各選手をするのは当然で、それ自体を褒め上げたりするのは、おかしいこと。しかし、そういった含意を理解したいままに落合君の発言が採り上げられて、野球少年にも決して良い影響は与えない。落合君にとっても不利な話だよ」という趣旨のことを語ったそうです。

これはなんとなく覚えています。
王さんは真面目な人だから、落合さんとはリズムが合わない部分もあるかな? と以前は思っていました。
ところが、その後の王さんをみていると「意外に柔軟性がある人だ」という印象に変わってきました。
あれだけの凄い業績がある人なのに、中年以降に大きな自己変革を遂げた、と私は思っています。

> それまで、「練習は試合の準備、当然のことで、それがさも努力している姿が美徳であるかのように報道されるのはおかしい」と思っていた落合選手(当時)は態度を変えました。

う~ん、落合さんもまた柔軟な人なのですね。
よりよい道があると分かったら、今までのやり方をあっさり捨ててしまう。
王さんも落合さんも「さすが」だと思います。

> 実は、落合さんが現役を離れてから、落合さんとかつて同僚だった中日の選手とお会いする機会がありました。「俺は工場勤務時代の三交代の日も含めて毎日5,000本、バットを振ってきた。5年間、1日も欠かさずだ。お前は野球始めてからそういう日が何日あった?」・・・もう一人の選手は黙ってしまいました。

そうですか! この話は初めて聞きました!
たしかに三冠王を3回も獲ってしまう人が「練習嫌い」なわけはありませんね。納得です。

とはいえ、こういう話をしていると「それなら自分はどうなのだ?」という声が自分の内部から聞こえてきます。私(喜八)はどういうことにせよトコトン極めるような生き方をしていません。忸怩たるものがあります・・・(そんなことを言っていてもしかたありませんが)。

投稿者 喜八 : 2005年07月27日 17:12