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2005年09月22日

生意気な若者

題名の「生意気な若者」というのはかつての私(喜八)自身を指します。ここでは「いまどきの若者はなってない」というような愚痴を書こうとしているわけではありません。私はヒネクレ者なので、ありきたりの反応を見せるのには抵抗があります。

某巨大流通グループ創業者死去のニュースに接して、ある「事件」を思い出しました。大学生時代にそこの流通倉庫で1年ほどアルバイトをしていたことがあり、その際、関連会社の社員に殴られたことがあったのです。

その男性は乱暴な気性で、よくアルバイト学生を怒鳴りつけたり、ときには殴ったりしていました。私も目をつけられたのか何度か難癖をつけられました。あるとき無意味に「バカは黙ってろ」といわれたので、「お前もな」と言い返すと、いきなり殴りかかってきました。

5~6発は殴られたでしょうか。が、あまり効かないパンチでした。そして反撃。私の(へなへな)右フックが彼の顎の横に決まりました。運のいいクリーンヒットだったと思います。すると、彼は「ちょっと待て」と急に戦意を失いました。たぶん殴り返された経験が乏しかったのでしょう。

多くの喧嘩がそうであるように、まわりの人たちによって我々のささやかな闘争も引き分けられました。その後、その彼と親しくなるということはありませんでしたが、お互いに無干渉で平和に過ごすようになりました。「棲み分け」ができるようになったのですね。

思い起こせば、学生時代のアルバイトから始まって、仕事の上で殴られたり胸倉をつかまれたりしたことは、上記の事件以外にも複数回経験しています。成人後に何度も殴られたことがあるという人は少ないのではないでしょうか(笑)。つまるところ若いときの私はよほど態度の悪い「生意気な若者」であったに違いありません(別に反省もしておりませんが)。

そんな私も中年に達し、つまらぬことで喧嘩もしなくなりました。そしてこの頃は同年代の人たちから「若いやつらに甘いんじゃないの」と揶揄されることも多くなりました。特に「甘い」とは思いませんし、ときによっては相応に厳しい態度をとっているつもりです。

が、人から「若者に甘い」と見られ勝ちなのは、自分自身がかつて飛び切りの「生意気な若者」であったためかもしれない、と思うことがあります。どこかに「人のことは言えないなあ・・・」という気持ちがあるのかもしれません。


投稿者 kihachin : 2005年09月22日 19:42

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コメント

失礼ながら、ああ、なんか自分が二十代の頃と重なっちゃうなあ、なんて思ってしまいました(笑)。
不思議な話ですが、自分の腕っ節に自信がある……というか、暴力をふるいたがる人は、なぜか、相手が自分より強いかもしれないという事はあまり考えないようです。
これは、不幸な事に、一部の、格闘技をやっている人にもあてはまります(もっとも、単に「やってる」と自称しているだけの人も含まれるかもしれませんが)。
私も、他の会社から移ってきた別部署の上司に、逆ギレされた事がありました。なんと、がばっと立ち上がって、叫ぶのです。
「俺は空手をやっているんだぞ!」
今考えると噴飯もののセリフを吐かれたものですが、たぶん、それでいつも相手を圧倒してきた人だったんだろうなあ、と思うんですよ。
で、もうひとつ、喜八さんの記事を読んで、そういう反応を誘発した私の方も、さぞや生意気な若造だったのだろうな、と(笑)。勿論、その時の結果も、相手の売り言葉に対して、みごとな買い言葉。まわりに両者ともとめられました。
そして、そういう経験があるせいか、やはり今、
「とらは寛容だね」
などと、言われる事があります。懐が深いわけでもなんでもなく、単に自分がかつて鼻っ柱の強い若造だったからなんですよね(笑)。

投稿者 とら : 2005年09月22日 21:33

とらさん、こんにちは~。
コメントありがとうございます。m(__)m
とらさんには受けていただけるのではないかという予感がありました(笑)。

> これは、不幸な事に、一部の、格闘技をやっている人にもあてはまります(もっとも、単に「やってる」と自称しているだけの人も含まれるかもしれませんが)。

そういえば以前に紹介した櫻井よしこさんの『権力の道化』で批判されている某ノンフィクション作家は「ストリート・ファイトでは負けたことがない」と公言していたそうです。そして自分は空手の有段者だとも。
なんだか、とらさんが指摘されている例に当てはまりそうです(笑)。

本当に物凄い闘争を潜り抜けた経験がある人というのは無闇に威張ったりはしないことが多いように思います。逆に非常に礼儀正しくて一見おとなしそうな人が少なくありません。これは他者と争うことの恐ろしさを知り尽くしているからでしょうね・・・。

投稿者 喜八 : 2005年09月23日 12:40

顔に出ちゃいますよね、経験とか人間性とかって。
気を付けないと。

投稿者 タナカカズヒコ : 2005年09月23日 18:23

タナカさん、こんばんは。
コメントありがとうございます。
その後、何度かホームページを拝見しましたが、物凄く cool ですね。

> 顔に出ちゃいますよね、経験とか人間性とかって。

たしかに・・・。
この頃、街を歩いているときに知らない人から道を訊かれることが激減しました。
やはり、中年になって人相が悪くなっているのでしょう・・・。

投稿者 喜八 : 2005年09月23日 20:37

喜八さん こんばんわ!
ため息が出ます!男って、大変ですね!
男も女もそんなに違わないと思ってきたけれど、やっぱり決定的に違っている。遺伝子のレベルからでしょうね。
鶏やヤギの雄と雌の違いが、人間の中にもクッキリとある!
人間は諸々で、それをカモフラージュするけれど。

投稿者 yuri : 2005年09月25日 00:59

yuri さん、おはようございます。

この記事を読まれた方からは「喜八は乱暴な人間だ!」と思われてしまうかもしれませんが、そうではありません(汗)。
特に女性に暴力を振るったり乱暴な口をきくことはないんですよ(大汗)。
ただ、他者から攻め込まれたときは反撃するようにしています・・・。

投稿者 喜八 : 2005年09月25日 05:34

もちろん喜八さんたちが暴力的だなんて、まったく思わない。
ただ男の世界は「殴る・殴られる」がある世界なんだ!って、改めて思った。女の世界にはありませんから。
もっとも女の世界には、形を変えた男たちの暴力がありますが。

鶏を飼っていたとき、小さな集団にオスが2羽いると、たちまちケンカです。絶対に平和共存しない。必ず優劣の序列をつけるまで、戦いを止めない。その横で、メスたちはオスのケンカにまったく無関心。ではメスは平和主義者か?と思うと、そうでもなくて意地が悪いのがいて、人間の集団にそっくり(というか、人間が鶏にそっくりなんだ!)。

生物として、オスは暴力的ですね・・・・そういう意味です。

鶏は弱い者イジメをします、そういうのを眺めていると、田舎の人間力学が鶏の集団のそれとダブって見えます。そういう視点から、人間の行動を眺めると、とても興味深い。人間も所詮は動物なんだ!人は「毛のないのサル」に過ぎない・・・と思ちゃう。

投稿者 yuri : 2005年09月26日 00:05

yuri さん、こんばんは~。

私は政治的にはバリバリの「ハト派」です(笑)。
戦争くらい馬鹿らしいものはないと考えています。
戦争に関して勇ましいことをいう人たちの大部分は「自分が安全圏にいる」と感じている人でしょう。

> 生物として、オスは暴力的ですね・・・・そういう意味です。

同じことを私も強く感じます。
人間の歴史は戦争の連続ですが、これは社会に「男性性」が強く現れていることの結果なのでしょう。
反面、この攻撃性がなかったら人類はとっくの昔に滅んでいたかもしれないなとも思いますが・・・。

「男性性」というのは非常に子供っぽい形で現れることが多いですね。たとえば国際関係や安全保障の問題はあくまで冷徹に論じられるべきだと思いますが、いわゆる「専門家」「政治家」の中には子供のころの戦争ごっこと現実を混同しているような印象の人が少なくありません。一見勇ましい「強硬論」をぶつ人を見ていると、特にそう感じます。

> 鶏は弱い者イジメをします、そういうのを眺めていると、田舎の人間力学が鶏の集団のそれとダブって見えます。

yuri さんの記事を読んだとき「なぜこのオッサンたちは自分たちとは関係ないことに口をだすのかな?」と思いました。
おそらく yuri さんが女性であることも理由のひとつになっているのでしょう。
おなじことを(口うるさそうで胡散臭い)中年男の私がやったら、たぶん、その「組の男たち」は呼び出しをかけたりはしないでしょうね・・・。一言二言嫌味をいうくらいだと思います。

投稿者 喜八 : 2005年09月26日 20:36

 上記の記事、面白く拝見しました。私も一見は、自分でいうのもへんですが温厚な紳士(?)風にみえると思いますが、相手からいわれなき暴言や暴力行為に及ばれたときは断固反撃を信条としております。
 
 私の実力行使の大立ち回り(?)は、50代の頃、仕事の帰り地下鉄○○駅のホームで乗り降りの際に、すれ違いざまにいきなりパンチパーマの男に胸倉をつかまれホームに引きづり下ろされました。
 次の瞬間、わが身の内から日頃は自覚したこともない力が怒りと共に湧き出しホームの上での取っ組みあいとなりました。

 その瞬間、駅のホームで喧嘩して線路に転落死亡事故の記事が目に浮かびました。しかし、人間一度は死ぬのです。

 人前で辱めを受けても甘受して生き永らえるか、たとえバカな相手とでも果敢に力の限り闘って死ぬか?。おおげさですが私は後者を選択しました。

 幸いに付近にいた立派な正真正銘の紳士が割って入ってくれ駅員を呼んでくれ、その後はパトカーで近くの警察に行き事情聴取うけました。

 そこで相手が非を認めたので、握手して事なきを得た経験があります。

 私は、個人でも国家でも同じだと思っています。

 今、憲法9条の改定が議論されていますが、同じだと思います。戦争が愚かな行為であることは自明です。しかし、いわれなき明白な侵略行為には断固反撃する気概は常に保持するべきと考えます。

 その際には、前途ある若い人から戦えとは言いません。今の私たち60台はまだまだ気力も体力もあります。
 子どもも育て終わり後顧の憂いなき我々から第一線に出られるよう法整備願いたいものと考えています。いかがでしょうか。

投稿者 蛾遊庵徒然草 : 2005年10月14日 02:01

> 蛾遊庵徒然草さん

「50代」で「大立ち回り」ですか?
お元気ですね(笑)。

私も20代のころ、都内のJR某駅で女性に絡んでいた酔漢に注意したところ、いきなり殴られて喧嘩となり、パトカーで所轄の警察署まで連行されたことがあります。相手の方が「前科○犯」という前歴をもっていたためか、私の側にはお咎めはありませんでした(ただし、午前3時くらいまで警察所で調べを受けました)。

ところで、勝手ながら蛾遊庵徒然草さんの文章中の具体的な地名は「○○」に変更させていただきました。誰もが検索でやってくる可能性があるインターネットではそれが無難かと思いますので・・・。

> 子どもも育て終わり後顧の憂いなき我々から第一線に出られるよう法整備願いたいものと考えています。いかがでしょうか。

じつは私も同じような考えをもっています(同志!)。
が、中年男性の中では我々は少数派かもしれませんね。自分が徴兵される年齢を過ぎるとにわかに「タカ派」と化す男性が多いようですから(笑)。安全圏にいる者ほど好戦的な意見を言いたがるというのは洋の東西・今昔を問わない一般的な傾向でしょう。

個人的には70代・80代になっても「戦闘可能」な身体と精神を保持していきたいと考えています。筋力トレーニングと有酸素運動を実施しているのも、ここに主な動機があります。

投稿者 喜八 : 2005年10月15日 13:31

 喜八さんから(同士!)とはうれしいですね。
 
 お話の様子では正義感の強い方のようで頼もしいです。

 あなたのような方と一杯やったらさぞもりあがるでしょうね。(笑い)

 でも、会わぬが「はな」なのかもしれませんね。これがネットの醍醐味なんでしょうか。

 私は、酒席も若いときから宴会がだいきらいでした。

 しかし、気の合う2、3人でじっくりとあれこれの話を肴に飲む酒は格別です。

 今は、好んでやってきた山里の囲炉裏端で独り寂しくこのパソコンに向かいながら、ウイスキーのオンザロックなどでちびちびとやっています。

 今夕は雨が激しくなってきましたが、明日あさって、天気がよくなったら、私も有言実行、いくつになっても有事に備えられるよう筋トレがんばてみたいと思います。

投稿者 蛾遊庵徒然草 : 2005年10月15日 18:35

蛾遊庵徒然草さん、こんにちは。

「正義感の強い」というよりは「おっちょこちょい」なのです。(^_^;)

> 私は、酒席も若いときから宴会がだいきらいでした。

私は若いころは宴会も好きだったのですが、年齢を重ねるごとに気難しくなり、いまではなるべく大勢で飲む席は避けるようにしています。酒は気の合う者同士で静かにやるのがいいですね。

筋トレに関しては、地方では公共体育館のトレーニング室が充実していることも多いようです。1回の利用料金が数百円程度ですから、探してみると面白いかもしれません。ただ、中高年から開始する筋力トレーニングでは「頑張り過ぎない」ことが重要だと思っています。とは、おせっかいのようですが・・・。

投稿者 喜八 : 2005年10月16日 12:27