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2005年10月01日

オニバス

オニバス1

(女性の)わびすけさんから「オニバス」の画像を送っていただきました。
ありがとうございます。
・・・とはいえ、私がノロノロしている間にやや季節外れになってしまいました。
スミマセン!

以下はわびすけさんの文章です。

オニバスの花をお届けします。
ハッパは小学低学年なら乗る事も出来るほど。
直径1メートルにもなりますが花は直径5cm ほどの小さな花です・・。
茎は食べられると聞いていますが一度も食べた事がありません。
いちど食べてみたいものです。

(以下ふたたび喜八)
じつはオニバスと普通のハス(蓮)の違いをよく知りませんでした(なんとも無知です・・・)。仕方がないので毎度お世話になっているインターネット百科事典「Wikipedia」で調べてみました。

 「オニバス」

う~む、なるほど。「環境の悪化や埋め立てなどで自生地は急速に減少し、国のレッドデータブックで絶滅危惧II類」ですか! 貴重な植物となりつつあることが分かりました。「農家にとってオニバスは、しばしば排除の対象になることがある」とも記述されています。「オニ」が名前につくのは嫌われ者だった歴史を示しているのでしょうか。

ところで「オニ」がとれて、ただの「ハス」となると途端によいイメージになります。「蓮のうてな→ 仏様 → 極楽浄土」というような最高クラスの連想が働くのです。「Wikipedia」の記述にも「ハス」の項目には「仏教では極楽浄土の象徴とされる」と記述されています。頭に「オニ」がつくかどうかで大変な違いが生じるのですね。たしかに「嫁」と「鬼嫁」ではえらい違いですが(笑)。

 「ハス」

「蓮のうてな」といえば今は亡き小説家色川武大さんの異色短編集『怪しい来客簿』話の特集(1977)の一編「尻の穴から槍が」を思い出します。色川さんが子供のころ「生家をだいぶ離れた街角で、貧相な爺さん」の紙芝居屋さんが演じていた話として描かれる奇妙な味の物語です。お話は明治維新以前の農村を舞台としています。長くなりますが、以下に引用します。

  この前のとはちがう物語のようであった。やはり寺の場面で、本堂に善男善女が群れ、熱っぽく念仏を唱えている。大入道のような坊主がその熱気を盛りたて、誘導していく。やがて数人の選ばれた者を残して散会、選ばれた男女は本尊の前にセットされた、金属製の大きな蓮(はす)の花の上に一人ずつ坐して念仏を続けるよう要請される。後年知ったが延命院日当の物語が骨子になっていたのだろう。
  蓮のうてなのその上で念仏唱うれば極楽往生まちがいなし、ひたすら念仏唱うればこの世の痛苦消えるべし──、というようなことをいいのこして、大坊主は槍をたずさえ、奈落(ならく)のようなところへ入っていく。蓮の茎の部分が床を貫いて奈落へ伸びている。その茎の穴に槍をさしこんで、大坊主、ええい──!
  悲鳴、槍をつたって流れる血、蓮のうてなの上で苦悶(くもん)の表情で身をもみながらきれぎれに念仏唱える者。けれども他の者には何が起こったかわからない。血膿(ちうみ)の大部分は茎をつたって下へ流れ落ちてしまう。槍が刺さっている限り、姿勢は大きく崩れない。そのうち隣の者が、虚空をにらみ、凄(すさ)まじい形相になっている。
  一番左の蓮のうてなに坐っていた若い娘は、さすがに異常を直感する。だが彼女は動くことができない。そこは選ばれた座であり、自由な振舞いをしたあとの戒告がおそろしい。そのうえ、痛苦はその人の罪障の証(あか)しとも考えられる。一人、また一人と、地獄の表情が近寄って来る中で、金縛りにあったような娘の念仏の声が高まりはじめ、次第に声を限りの絶叫になっていく(「尻の穴から槍が」より引用)。

さて、その娘はどうなったのか? 非常に気になるところですが、残念ながら話の続きは分かりません。
色川さんがその紙芝居屋のお爺さんとふたたび巡り会うことがなかったからです。

ところで上の文中「延命院日当の物語」という部分が気になり調べてみると、河竹黙阿弥の「日月星享和政談(じつげつせいきょうわせいだん)」の通称を「延命院日当」ということが判明しました。これはまだ読んでおりませんが、上に引用した紙芝居の話とは大きく異なるようです。「尻の穴から槍が」というストーリーはいまでは何処の誰かも分からない紙芝居作者のオリジナル作品だと考えることができそうです。

色川武大さんは若いころからの放埓な生活ぶりが祟って、1989年に60歳の若さで亡くなってしまいました。心臓麻痺でした。いまごろは極楽浄土で蓮のうてなに坐り、うつらうつらとしていることでしょう(色川さんにはナルコレプシーという睡眠障害がありました)。そして時々は「尻の穴から槍が」の話を思い出して、冷やりとする瞬間もあるのではなかろうかと思っています・・・。

オニバス2


投稿者 kihachin : 2005年10月01日 17:18

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コメント

蓮の花は、エジプトでも神聖なものとされていたようで、意匠にもよく使われています。
このため、エジプトに多くの材料を負う、西洋の儀式魔術にも「ロータス・ワンド」なる儀式用の杖があったりします。
東西、どちらでも神聖視されているなんて、不思議な植物ですね。

投稿者 とら : 2005年10月01日 22:12

とらさん、こんにちは。
コメントありがとうございます。

> 東西、どちらでも神聖視されているなんて、不思議な植物ですね。

本当に不思議です。といっても、とらさんに教えてもらうまではエジプトのこともロータス・ワンドのことも知らなかったのですが(無知)。
ロータス・ワンドというのはなんだかロールプレイングゲームに登場しそうな名前ですね(やはり無知)。
来年はどこかの群生地に赴いてオニバスを見てみたいものです。
来年の夏になったら忘れそうですが・・・。(^_^;)

投稿者 喜八 : 2005年10月02日 15:34

ロータスワンドといっても、外見はそんなたいそうなものではなく、七色に塗り分けたステッキ状のものだったと思います。
わりと魔術でも便利に使えるアイテムらしいです(笑)。
いやー、私の、こういう知識は、ほんとに無駄知識ですから……。実生活には、何の役にも立ちません(笑)<だから面白い
オニバスは私も見てみたいです。図鑑と、わびすけさんの写真でしか見た事がないのです! 花は生で見たらどんなのかなあ。(図鑑は葉っぱしか載っていなかった)。
写真、かなり紫色が濃く見えますね。でも、開ききっていないみたいだし、全開になったらどんなか、やはり見てみたい。

投稿者 とら : 2005年10月02日 21:00

とらさん、こんにちは~。

たしか、とらさんはテーブル・ロールプレイング・ゲームの「ゲームマスター」の経験を積んでいたのでしたね。ゲームマスターが色々な分野の知識の持ち主であったらTRPGも一層面白くなるでしょう。
・・・とはいえ私は実際にTRPGをやったことはないのです。日本での流行が始まったころは既に社会人でしたから、機会がありませんでした(残念!)。
東京は神田すずらん通りの入り口にある「S」書店にはTRPGが大量に揃えられていましたが(いまでも?)「やってみたいなあ」と思っていました(十数年前の話です)。

投稿者 喜八 : 2005年10月03日 17:01


喜八さん続きでアップよろしくお願いします

とら様・・オニバスの開いた写真喜八さんに送りましたのでまた見てください

投稿者 わびすけ : 2005年10月19日 18:11

わびすけさん、こんばんは。
オニバスの画像ありがとうございます。
メールでは「明日」と書きましたが、やっぱり今日アップすることにしました(普段はノロノロしているのに)。
今夜はオニバスの夢を見そうです(笑)。

投稿者 喜八 : 2005年10月19日 21:30