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2006年01月30日

人の心はお金で買える

誤解を恐れずに言えば、人の心はお金で買えるのです。女はお金についてきます。

2006年01月23日、証券取引法違反の容疑で逮捕されたライブドア元社長・堀江貴文氏がその著書『稼ぐが勝ち』光文社知恵の森文庫(2005)で書いている言葉です。新聞やテレビなどでしばしば引用され批判の対象となっているので、ご存知の方も多いと思います。

人の心はお金で買える」 なんともドギツイ表現です。が、一面の真実をついてもいます。せちがらい娑婆で揉まれ、酸いも甘いも噛み分けるようになった大人(おとな)の方であれば「あたらずといえども遠からず」という印象を抱くのではないでしょうか。

そこで堀江氏の発言をもう少し柔らかい表現に改変してみました。

誤解を恐れずに言えば、人の心はお金で買える場合が少なくないのです。多くの男や女はお金についてきます。

上の文章中赤字の部分は私(喜八)が付け加えました。こうなると少なくとも個人的には「常識」といってもいいような気がします。なんて言うと道徳心の篤い方からは「喜八の奴も拝金思想の持ち主か!」なんて怒られてしまうかもしれませんが・・・。

私が拝金主義者かどうかはなかなか判定が難しい問題だとは思います。おカネが大好きなのは間違いありませんから。とはいうものの一般論として「人の心はお金で買える」かどうかについても議論の余地は大いにあると思います。

たとえば以下のようなことを考えてみました。

小泉・竹中政権の新自由主義的政策に反対し続けているブロガーがいるとします(かくいう私自身もそのひとりです)。彼または彼女にこんな提案をしてみたらどうでしょう。「年間1000万円あげますから現政権を褒めちぎるブログ記事を50本書いてください」 さらには報酬額が「1000万円」ではなくて「1億円」だったら?

あなたは1億円の誘惑に耐えることができますか?
私は自信がありません。

「たとえ1億円もらっても信念を売ることはできない!」という方がいるとします(きっと大勢いらっしゃるでしょう)。が、次のような条件が加わったらどうでしょうか。最愛の一人娘がきわめて珍しい難病になる。国内の医療施設では適切な治療を受けることができない。アメリカの病院に入院し世界的名医の手術を受ければ助かる可能性が高い。ただし費用は1億円近く必要だ。手持ちの現金・預金は1000万円しかない・・・。

それでも1億円のオファーを断ることができるでしょうか?
私ならできません。

以上の考察からは「やっぱりおカネは大事だよ」という結論が導かれそうです。とはいえ、それだけでは面白くないので「いやおカネで買えないモノもある」という反論も書いておこうと思います。じつはこちらのほうが本論です。

ホリエモン(堀江貴文)氏が「カネで買えないものはない」と実際に言ったかどうかは知りませんが、マスメディアではそういう発言があったかのようにしばしば報道されています。最初にこのような報道に接したとき、即座に「カネで買えないもの」の例が脳裏に浮かびました。

たとえばベンチプレスで200kg を挙げる能力。筋力トレーニングに詳しくない方のために簡単な説明をしておきますと、ベンチプレスは平らなベンチの上に仰臥した姿勢でバーベルをいったん胸につくまで下げ再び腕が伸びきるまで挙上するという一種の「重量挙げ」種目です。

200kg のベンチプレスができる。たとえ数百億円という大金をだしても購(あがな)うことはできない能力です。最初にベンチプレスを思いついたのは唐突なようではありますが、堀江氏が某有名ジムに通う熱心なウエイトトレーニーであり、私自身が筋トレのホームページをもつ「下手の横好き」トレーニーだからでもあります。

そのほかにも「カネで買えないもの」はいくらでも思いつきます。
・100m を9秒台で走る。
・フルマラソンを2時間5分で走る。
・将棋の名人になる。
・世界有数の知識人と長い長い議論をした後、相手から深い尊敬を得る。
・世間からは「荒唐無稽」と思われてしまうような巨大な夢を実現する不撓不屈の精神。

あるいは「300億円をただやるから黒澤明監督の『七人の侍』を超えるような映画を撮れ」といわれても、たいていの人(プロの映画監督を含めて)にとって無理な注文と言えるでしょう。

「カネでなんでも買えるか?」という問いに私自身が真摯に答えるなら、「たいていのモノは買える。幸福ですら買えることが多いだろう」となります。そしてこう付け加えます。「しかしおカネで買えないものは厳として存在する。人生の本当の意味はカネで買えない領域にある」 ちょっと格好良すぎますね(笑)。


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投稿者 kihachin : 2006年01月30日 20:29

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コメント

あなたの論議は、いろいろと例示はしていますが、前提のうち一部が除外され、全くの一人相撲になっていることに気づいていません。

前提は「人の心はお金で買える」かということです。買う対象は、「心」です。「行為」ではないのです。「行為」であれば、昔からよくあることで、買える場合が多々あります。例えば、女郎のように。しかし、女郎といえども、魂すなわち心は売っちゃいないのです。よく、テレビドラマや映画の場面にあるではありませんか。

会社社会、あるいは広く人間社会でも同じです。例えば、ある社会で理不尽であるとは思いつつも、それ(カネ)に従わなければ、自己を含めた家族が危険にさらされるとします。この場合、仮に行為を売ったとしても、必ずしも心を含めて売ったとは限りません。

人間は、表面上(行為上)は買えるようにみえても、心はそんなに軽々と買えるものではないのです。ホリエモンごときに、惑わされてはいけません。

投稿者 Anonymous : 2006年01月30日 23:08

私も同じようなことを考察したのでTBさせていただきました.

投稿者 アルバイシンの丘 : 2006年01月30日 23:25

こんばんわ。TBありがとうございます。
堀江氏の「人の心はお金で買える」 発言について
前に書いたものがあったので、それをTBさせてもらいます。

・・・すいません。2ついっちゃったみたいなので、
ひとつは削除してください。

投稿者 たぬ。 : 2006年01月30日 23:26

Anonymous さん、はじめまして。
コメントありがとうございます。
今後の参考にさせていただきます。

投稿者 喜八 : 2006年01月30日 23:34

アルバイシンの丘さん、はじめまして。
トラックバックありがとうございます。
こちらからも送らせていただきますね~。
以後よろしくお願いします。

投稿者 喜八 : 2006年01月30日 23:36

たぬ。さん、こんばんは。
トラックバックの重複は私もよくやります。
ブログのCGIは複雑なせいかエラーが多いですね。(^_^;)
「人の心はお金で買える」か?
それこそ人の心の琴線に触れる命題のようです。

投稿者 喜八 : 2006年01月30日 23:38

お金が育んでくれるものは何か?という命題もあるような
気がいたします。子どもにも、お金の貯め方を教えるよりも
お金の使い方を教えるという問題の方が深く、そして難しい
という実感があります。基本的には大人にもそれは通じます。
今は節約生活やコストカット、コストダウンの話ばかりが横行して、もちろんその大切さは分かりますが、それ一辺倒では自分自身がコストダウンされた人間になっていく気がします。コストを度外視してでも自分にとって大切にしなければならないものは何なのか、ということを見つめて、初めて節約にも深みというものがあると考えています。

ちょっと論点が曖昧かもしれませんが、たとえば花登筐さんの小説の主人公が「世の中ゼニや」とか「いちばん大切なものはゼニやで」と言い切っても、まったく不快な思いを持ちません。それは花登作品では、まあフィクションだからということもありますがそのゼニの背後の人間関係、情念、信頼などなど、そういうものをひっくるめて象徴でもあり現実でもあるゼニを大切であると言い切るからで、ひと言で拝金主義といっても色々なレベルがあるのではないかと思うのです。なお、お金を得る方法に不正をはたらくという方法もありますが、これはやはり最もレベルの低い拝金主義と言わざるを得ないので、その人物が語るお金の話にはやはり耳を傾けたくないというのが正直なところです。ただ、お金を持っているのに自分のためにお金を使わない人間に異性がなびくはずがありません。そこには一面の真実がありますが、某氏が言うと盗人の理に聞こえてきます。異性を落とす時などは、まさにコストなんか度外視しなければなりません。

ともかく、私は僧侶であり、出す方が「ありがとうございます」というお布施というもので生きており、私もお金を出す時に「ありがとう」と言って出すことにしています。

長くなってスミマセンでした。まだまとまっていませんが、いつか私のブログでも経済のことについて書きたいと思っています。

投稿者 マーヒー : 2006年01月31日 22:31

こんにちは。
結論から言えば人の心は買えると思いますよ。私は。
ただし買えない部分があると思います。
例えば「スマイル0円」0円な訳がないんです。
愛想を接客の第一と考える人間は「スマイル0円」だと思い込んでる。
チップ制度がない日本では売価に人件費が含まれるわけで客は人件費の見返りとして店員に愛想を求める、言わば商品と共に感情を買ってるのかもしれません。

ちょっと飛躍しすぎましたが、日本には昔から義理と言う言葉があります、書状や品物を送るのは例え義理だとしてもその人との繋がりを持ち続けたいから。
これなんかお金と手間がかかりますわなー。
堀江さんが表面上の事を言ってるなら正しいと思います。

堀江さんは私が思うにすごくドライな人なんだと思いますけど。
「人の心はお金で買える」って表現も表面上の例えば指先の毛細血管が欲しいだけなんだ、別にその先の心臓部分は欲しくないんだってことなら、なんか説得力はありますね。
堀江さんが心臓部まで買えた人間なんていなさそうだし、フジテレビにしてもTBSにしてもヤフーをよく取り上げてるし、あの和解はなんだったんでしょうね。

結局のところ私も心臓部分まで買えるなんてことないと思いますもん。
それがマスコミがあたかも買えるように報道するからこう議論されるのかなーと。
これが「女はお金で買える」だと別問題。
自ら「もてない」と言ってるもんでしょう。
まあお金で買える間柄なんて偽者だと私は思ってるんで、ほんとのところ、どうでもいいんですけどね。
(なんか頭がぼーっとしてうまくまとまりません。)


投稿者 ハル : 2006年02月01日 13:38

マーヒーさん、こんにちは。
コメントありがとうございます。

そもそも「お金」ってなんだろう? 「心」ってなんだろう? と考え始めると大変なことになります(笑)。
分かっているようで分からないのですね、両者とも。

1万円札の「原価」は20円前後だそうですが、これが1万円として流通するのはなぜか?
よくよく考えてみれば「ただの紙切れ」なのです。
ハイパー・インフレーションは多くの人が「お札=ただの紙切れ」と気づいてしまったときに生じる現象です。
それこそパンひとつが数千万円になってしまうとか。
こういうハイパー・インフレーションは実際に世界各国でたびたび生じています。

> たとえば花登筐さんの小説の主人公が「世の中ゼニや」とか「いちばん大切なものはゼニやで」と言い切っても、まったく不快な思いを持ちません。

私にとっては漫画家の故・青木雄二さんがそうでした。
青木さんは「お金」や「マネー」ではなくて「ゼニ」といえと常々主張されていました。
それで私も心の中では「ゼニ」と考えるようにしています。
口に出したり文章で書いたりするのは恥ずかしいのですけど・・・(小心者)。

> ともかく、私は僧侶であり、出す方が「ありがとうございます」というお布施というもので生きており、私もお金を出す時に「ありがとう」と言って出すことにしています。

なるほど、使うときも「ありがとう」ですか!
これはいいことを聞きました。早速私もマネをしようと思います。
逆にいうと相手に「ありがとう」といえないようなお金(ゼニ)の使い方をしないということですね!

投稿者 喜八 : 2006年02月02日 13:24

ハルさん、こんにちは~。
ご訪問ありがとうございます。

> 「人の心はお金で買える」って表現も表面上の例えば指先の毛細血管が欲しいだけなんだ、別にその先の心臓部分は欲しくないんだってことなら、なんか説得力はありますね。

鋭い指摘です。おそらくホリエモン氏には「その先の心臓部分なんか欲しくないんだ」という割り切りがあるのでしょう。
あるいは「心臓部分は買えない」という諦観もあるのかもしれません。

ところで拘置所にいる堀江氏をあくまで支持しようという人は存在するのでしょうか?
もしぜんぜんいなかったとしたら可哀想な気もしますね。
「結局、人の心はお金で買えなかった」といまごろ彼は痛感しているかもしれません。

> これが「女はお金で買える」だと別問題。

そもそも「女はお金で買える」は日本語表現としておかしいのです。
買えるのはあくまで「サービス」のみですから。
物価の高い日本国においては数万円程度のハシタ金で人間をまるまる買えるわけがありません。

蛇足ながら私は上記のような「サービス」を購入した経験はありません。
モテもしませんけれど(笑)。

投稿者 喜八 : 2006年02月02日 13:29

喜八さん、お久しぶりです。
つなさん経由で、度々密かにお邪魔しております。

女はお金についてくる。
金があれば、モテル。

その人がモテルのではなく、持っているお金がモテているだけなのです。 
それでも、お金がなくて誰も寄ってこないよりは、お金が目当てでも誰かが寄ってくるほうが気分がいいのでしょうけれど、その人の本質についてはどうでもいいのだから、お金が無くなればさっさと見切りを付けられる。 寂しくないのかなあ。

例えば、すごいナイス・バディの美女なんかも、同じことは言えるのかもしれません。 モテルけれど、その人の中身をちゃんと見て寄ってきている人が本当には何人いるのか?

意外と、お金持ちや絶世の美女は人間の本質以外のもの目当てで寄ってくる人が多い余り、幸せな人間関係を気付くのが平均的な人よりも難しそうですね。

それって、ひがみ???(笑)

投稿者 有閑マダム : 2006年02月06日 21:26

有閑マダムさん、こんにちは。
ご訪問ありがとうございます。

> 女はお金についてくる。
> 金があれば、モテル。

男性の場合だとちょっと「小金持ち」になると、とたんに”綺麗な”オネーさんが寄ってくるようです。
(”綺麗な”とダブルクォーテーションで囲んだのは私自身はあまり「綺麗」と感じないためです)

女性が「小金持ち」になると”綺麗な”オニーさんが寄ってくるかどうかはよく分かりません・・・。

> 意外と、お金持ちや絶世の美女は人間の本質以外のもの目当てで寄ってくる人が多い余り、幸せな人間関係を気付くのが平均的な人よりも難しそうですね。

パリス・ヒルトンなんて人を見ていると「そうかもしれない」とい気持ちになってきますね。
「幸せってなんだろう?」とつい哲学的な気分になってしまいます。
個人的な感想をいうと「好きでもない相手にモテても鬱陶しいだけ!」となりますが、これも「モテない男のひがみ」かもしれません(笑)。

投稿者 喜八 : 2006年02月07日 13:13