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2007年05月18日

すべての人間は、マイノリティである

すべての人間は、マイノリティ(少数派)である」。いちおうは私(喜八)が考えた言葉です。

ただし「元ネタ」があります。有体《ありてい》にいえばオーストラリア国立大学教授テッサ・モーリス-スズキ(Tessa Morris-Suzuki)さんの「すべての人間は、外国人である」の「半パクリ(?)」なのです(汗)。

テッサさんの「すべての人間は、外国人である」は、姜尚中《かんさんじゅん》東京大学大学院教授との対談(『デモクラシーの冒険』集英社新書、2004)で発せられた言葉です。これに対して姜尚中さんは「ああ、それはすごい……。」と絶句されています(同書194頁)。

私(喜八)も、初めてこの言葉を目にしたとき、雷に撃たれたようになりました。叡智の結晶のような言葉だと思いました。

たしかに言われてみれば「正にその通り」ですね。ありとあらゆる人間は、別の国籍を持つ他者から見れば「外国人」です。だから「外国人」であるからという理由で他者を差別する者は、自分自身や家族が差別されることも正当化しなければならなくなる。結局のところ「外国人差別」は自《みずか》らの首を締めているに等しい・・・。

ちなみにテッサ・モーリス-スズキさんは「博奕打ち兼小説家」森巣博さんの実生活上のパートナーです(平たく言えば(?)「妻」です)。森巣博さんの著書『無境界家族』から私は多大な影響を受けていますが、その森巣さんはテッサさんから莫大な影響を受けていそうです。

したがって、間接的に私(喜八)はテッサ・モーリス-スズキ教授の「弟子」にあたる・・・というのは強引過ぎる主張かもしれません(笑)。

さて、エントリタイトルの「すべての人間は、マイノリティ(少数派)である」に話を戻します。

人は様々な「特性」を持っています。ざっと数え上げると、性別・性行動・年齢・国籍・出身地・言語・食習慣・思想・宗教・肌の色・資産・収入・子供の有無・結婚歴・学歴・職業歴・所属団体・障害の有無・身長・体重・体脂肪率などなど。いくらでも考えることができますね。

これらのような「特性」の中から適当なものを組み合わせて人為的に線を引くなら、どんな人だって「マイノリティ(少数派)」にすることができるのは明らかです。自分が「マイノリティ」に属するなんて夢にも思ったことがない人でも、簡単に「マイノリティ」にすることができるのです。

たとえば安倍晋三さんだって、ごく簡単な操作で「マイノリティ」とみなすことができますよ。「戦後生まれの首相」「成蹊大学出身の首相」というのは立派な「少数派」です。いまのところ1人しかいませんからね。それと「子供がいない首相」もごく少ないのではないでしょうか?

もちろん、私は「戦後生まれ」「成蹊大学出身」「子供がいない」をもって「悪い特性」と考えているわけではありません! 単に「マイノリティ(少数派)」にするための線引きが可能だということを解説しているに過ぎません。安倍晋三さんは誰もが知っている存在なので、例に挙げさせていただきました(スミマセン)。

というわけで「すべての人間は、マイノリティ(少数派)である」は否定しようもない事実なのです。たとえ「オレはマジョリティだ!」と確信されている方であっても、ある日突然、周囲の誰からも「マイノリティ」と見なされるようになることは充分に考えられます。

「すべての人間は、マイノリティ(少数派)である」のだから、「マイノリティ=劣った存在」とか「マイノリティ=差別してもよい存在」なんて理屈は通らないでしょうね。もし、そういう理屈を認めてしまったら、すべての人間は「劣った存在」であり「差別してもよい存在」ということになってしまいます。これは自分自身の首を締めることにほかなりません。

具体的な例を挙げます。女性同性愛者であることを公表している尾辻かな子さん(前・大阪府議)は「マイノリティ」と見られることが少なくないでしょう。たしかに女性同性愛者であり、その事実を明らかにしており、国会議員になろうとしているという「特性」を同時に持ち合わせているのは、いまのところ日本には1人しかいないと思います。

したがって尾辻かな子さんは「マイノリティ」です。と、同時に安倍晋三さんも(別の基準で)「マイノリティ」です。このお2人だけでなく、あなたも私(喜八)も皆(それぞれの基準で)「マイノリティ」です。ただ、「特性の組み合わせ」と「線引き」の配剤によって、少数派であることがはっきり目に見えているか見えていないかの違いがあるだけです。

はっきり目に見えている「マイノリティ(少数派)」が暮らしにくい社会は、すべての人間にとって暮らしにくい社会と言えるでしょう。なぜなら、我々すべての者は「マイノリティ」なのですから。もし、社会を今より良いものにしていこうとするなら、お互いの「特性」の違いを認め合い、その差異を「劣ったもの」と見なすのではなく、社会をより豊かにする要素として捉えることが必要だと思うのです。

ところで「すべての人間は、マジョリティ(多数派)」でもありますね。地球上に生きる人は1人の例外もなく「ホモ・サピエンス」仲間ですから。したがって「すべての人間は、マイノリティであり、なおかつマジョリティでもある」と言ったほうがいいかもしれません。

と、これが一応の「結論」です。稚拙な駄文を最後まで読んでいただきまして、ありがとうございました(スミマセン!)。


投稿者 kihachin : 2007年05月18日 12:49

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