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2008年03月30日

村上正邦さん

KSD事件で上告棄却決定を受け会見する村上正邦元労相=東京・永田町で2008年3月28日午後4時16分、山本晋撮影
村上正邦「日本の司法は死んだ」


★引用開始★

KSD事件:「立法にいた。決まれば従う」村上元労相

 一度は首相をも決めた「参院のドン」に最後の裁きが下った。旧ケーエスデー中小企業経営者福祉事業団(KSD)汚職事件で元労相の村上正邦被告(75)の上告を棄却した最高裁決定。「代表質問を金で売るような人間じゃない」と無罪を訴えたが、司法には一顧だにされず、元労相は28日「日本の司法は死んだ」と痛烈に批判した。

 元労相は国会近くにある東京・永田町の事務所で会見。「正義は必ず実現すると一片の疑念もなかった。非常に残念。無念です」と切り出した。決定の感想として「花咲きて 春宵一刻(しゅんしょうひととき) 夢と散る」と詠み「司法への信頼は無残に散った」と話した。弘中惇一郎・主任弁護人も「代表質問が職務行為というのは初判断。政党が質問内容を決めるのに、なぜ個人の(犯罪)行為になるのか」と決定を批判した。

 収監の見通しを問われ、弘中弁護士が「検察や主治医と相談して……」と説明し始めると、元労相は話を遮って「病気を理由に先延ばしにしません。立法府にいた人間として決まったことには従う」と一段と声を張り上げ「ドン」の矜持(きょうじ)を示した。心臓の病気の治療を受けているという。

 80年、参院議員に初当選。党費肩代わりなどKSD関連団体の丸抱えで自民党比例名簿の高順位を得て、4期連続当選を果たす。労相(92~93年)、自民党の参院幹事長、参院議員会長などを歴任し参院を牛耳った。00年4月に小渕恵三首相が病に倒れた際には、亀井静香衆院議員ら「5人組」の密室協議で森喜朗幹事長(当時)を後継に選んだ。

 だがわずか半年後の00年10月、KSDに東京地検特捜部の強制捜査が入り暗転。受託収賄罪に問われた公判では、亀井議員ら国会議員も数多く傍聴に駆けつけたものの、1、2審とも実刑の結論は揺るがなかった。

 上告後は「日本の司法を考える会」を主宰。07年12月には「冤罪(えんざい)と国策捜査」をテーマに集会を開き、同じく特捜部に逮捕された田中森一・元弁護士や鈴木宗男衆院議員らと「冤罪だ」と訴えていた。【高倉友彰】

毎日新聞 2008年3月28日 22時46分(最終更新 3月29日 2時39分)

★引用終了★


なんとも納得がいかない判決です。

上の記事で弘中惇一郎弁護士が指摘しているように、村上正邦さんが行なった国会の代表質問の内容は「政党」つまり自民党が熟慮の上に決定していたわけです。代表質問を行なう個々の議員(村上氏)が好き勝手に自分の都合だけで特定の質問をすることなどできない。それなのになぜ個人の「犯罪行為」となるのか? そこのところの「論理」がまったく分かりません。

また、村上正邦さんが有罪となるにあたっては、とある関係者(故人)の証言が有力な決め手となったのですが、後に裁判の中でこの証人は自分の「自白」を撤回しています。一刻も早く釈放されたいがゆえに検察官に迎合して嘘の自白をしてしまったと勇気ある証言をしたのです。しかし、この証言は判決にはまったく影響を与えていないようです。

もちろん、私(喜八)は村上正邦さんとは面識はないし、おそらく今後もお目にかかることはないでしょう。けれども日ごろから応援している鈴木宗男さん・佐藤優さん・城内実さんが村上さんと親しくされているということもあって、ひそかに村上正邦という人には注目していました。

ノンフィクション作家魚住昭さんによるロングインタビュー『証言 村上正邦 我、国に裏切られようとも』講談社(2007)、平野貞夫さん(元参議院議員・小沢一郎の参謀)、筆坂秀世さん(元参議院議員・元共産党ナンバー4)との対談本『自民党はなぜ潰れないのか』『参議院なんかいらない』ともに幻冬舎(2007)などの書籍を読んだだけでも、村上さんが恐るべき「異能の人」であることが分かります。

村上正邦さんを直接知っているある方(※城内実さんではありません)に伺ったところでは、村上さんは一種凄まじい迫力に満ちた人だそうです。充分な心構えなしに会うと村上さんの持つオーラに圧倒され大きな影響を受けてしまうかもしれない。だから気をつけたほうがいいともアドバイスされました。まあ、これはフラフラしがちな私(喜八)の性格を見極めた上でのことだ思いますが(笑)。

村上正邦さんは「生長の家日本会議」という経歴をもつ言わばバリバリの右派ですから、リベラル派・市民派・左派の方からは敬遠されやすいでしょうね。でも、村上さんは「左派は絶対だめ」というような硬直した右派ではありません。実際「参院のドン」と呼ばれた時期にあっても日本共産党を含め野党の意見をきちんと聞く政治家であったそうです(筆坂秀世さんその他の方の証言による)。

豊かとはいえない家に生まれ「炭住(炭鉱住宅)」で育ち、若きころは炭鉱の労働組合で事務員を務めたこともある村上正邦さん。労組での短い社会人経験の後、拓殖大学に進学してバンカラ右派学生として鳴らし、拓大卒業後は東洋紡を経て、生長の家本部職員となる。その後も右派人生まっしぐら。

こうしてみると、やはりリベラル派・市民派・左派の方からは敬遠されやすいだろうと思います。しかし、村上正邦という人は「右」とか「左」とかで単純な割り切り方ができるような対象ではありません。たとえば、前述『証言 村上正邦 我、国に裏切られようとも』で私(喜八)が非常に強く心を動かされたエピソードがあります。

村上正邦さんのお嬢さんはダウン症という障害をもって生まれました。一昔前では障害をもった子供はなるべく外にださないという風潮もあったのですが、村上夫妻は障害があるからといって人目を避けることなどない、どこにだって堂々と行くという姿勢でお嬢さんを育てました。いまでもコンサート・旅行・パーティーなど何処にでも親子3人ででかけるそうです。それだけでなく、障害のある人たちが堂々と暮らせるように国会議員として骨を折ってもきました。村上正邦とはそういう政治家なのですね。

また、村上正邦さんはお酒を一滴も飲みません。これは父親が大変な大酒のみで、そのため母親が苦労に苦労を重ねた姿を見て育ったためです。拓殖大学入学時に並み居る先輩学生からメチルアルコール酒を勧められのを断ったところ、物不足の時代に先輩方がせっかく用意したのにそれを断るとはどういうことか!と怒鳴られ皇居のお堀に投げ込まれたこともあったそうです。そういうことがあっても酒は絶対に飲まない。保守政治家として多くの人との付き合いがあるにもかかわらず、宴席で酒盃を上げることはない。

ダウン症のお嬢さんと奥様とどこへでも3人で出かける村上正邦さん。生涯にわたり酒は一滴も飲まないという誓いを守り続けてきた村上正邦さん。そして毎朝靖国神社への参拝を欠かさない村上正邦さん。「右」も「左」も関係ない。なんて魅力的な男なのだろうと私は痛感するのです。そして魅力的なだけでなくて、村上さんはきわめて有能な人でもある。なぜ、このような人が「排除」されなくてはならないのか?

村上正邦さん・鈴木宗男さん・佐藤優さん・城内実さんのような「きわめて有能(かつ一筋縄ではいかない厄介)な人たち」が揃って冷や飯を食わされている。いっぽうで能力にも責任感にも乏しい「小人《しょうじん》・佞人《ねいじん》」たちが大手を振って闊歩している。いま日本は相当に危ない状態になっているのではないだろうか? これが私(喜八)の認識です。だからこそ、村上さん・ムネオさん・佐藤さん・城内さんたちを応援しなければと思うわけですね。


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投稿者 kihachin : 2008年03月30日 19:46

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