【お勧めの本】深尾葉子『魂の脱植民地化とは何か』青灯社(2012) 更新!

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2008年04月11日

三島由紀夫

三島由紀夫


昭和45年(1970)11月25日、「文豪」三島由紀夫が私設軍隊「楯の会」メンバー4人とともに、東京市ヶ谷《いちがや》の陸上自衛隊東部方面総監部総監室を占拠し、自衛官たちに決起を呼びかけました。しかし自衛官たちはこれに応じず(当時の映像では「バカヤロー」などヤジの声が多く聞こえる)、三島由紀夫と「楯の会」メンバーの森田必勝が割腹自決し、「クーデター」計画は完全な失敗に終わりました。これが、いわゆる「三島事件」です。

当時、私(喜八=中村順)は小学校4年生でした。「三島由紀夫」がどういう人だか、まったく知りませんでした。ませた同級生男子が深刻な顔をして「三島が自決したな」と声をかけてきたときも、「ミシマって誰?」と返答したくらいです。なお、当時の新聞には介錯により斬り落とされた三島由紀夫と森田必勝の「生首」の写真が掲載されたそうです。私はこれを見ていません。おそらく、両親が見せないように配慮してくれたのだと思います。この点、父と母には深く感謝しています。同級生の多くは生首写真を見たようでしたが、別に羨ましいとは思いません。

その後、中学生になってから「三島文学」に触れ、その豊饒な世界の虜《とりこ》となりました。最初に読んだのは新潮文庫版の『花ざかりの森・憂国』であったと記憶しています。「花ざかりの森」には「なにがなんだか分からないけど凄い!」という感想を抱きました。次に手に取った三島作品が長編小説『沈める滝』であったか『音楽』であったかはよく覚えていません。いまになって思うと中学1~2年生くらいでこれらの作品をちゃんと鑑賞できたかどうかは至って心許ないのですが、とにもかくにも喜八少年は三島由紀夫に入れ込みました。

そして巡り合ったのが『仮面の告白』。これは本当に凄い、凄まじいばかりの傑作です。「戦後」日本文学史において最も素晴らしい小説のうちのひとつだろうと確信しています(もっとも、私にそのようなことを言う資格があるかどうかはまったく自信がありませんが)。『仮面の告白』の最後の1行を読んだときの痺れるような思いは、いまでも鮮明に覚えています。

先にも『靖国 YASUKUNI』のエントリで書きましたように、私(喜八)が感銘を受けた三島作品は『仮面の告白』『盗賊』『沈める滝』『音楽』『美しい星』『獣の戯れ』『午後の曳航』『花ざかりの森』などです。このほか短編小説にも素晴らしいものが少なくないと思いますが、調べてみないとタイトルが思い出せません。先日、ちくま文庫の『文豪怪談傑作選 三島由紀夫集』を読んだところ、「切符」というモダン・ホラー短編が素晴らしいと思いました。「三島由紀夫は天才的に上手い作家だなあ」と改めて痛感しました。

ところで、上の三島作品リストには代表作といわれることも多い『金閣寺』と『豊饒の海』四部作が入っていません。これは単純に中高校生当時の私が、これらの作品を「面白い」と感じなかったためです。もしかしたら、いままた読み返してみたら、違う感想を持つかもしれません。かつて田辺聖子さん(作家)の、『金閣寺』は大傑作だけれど『豊饒の海』四部作はそれほどでもない、という主旨の文章を読んだ記憶があります。『豊饒の海』に関しては私も田辺聖子さんの意見を支持します。

小中学生のころは学校の先生から「愛読書は?」ということを授業中よく聞かれました。クラスの生徒がひとりひとり起立して先生の質問に答えます。私が「三島由紀夫です」と答えると、多くの先生が「ああ、よく分かるよ」といった苦笑を浮かべるのが、大変に不満でした。私はハシコイ生徒でしたので、先生方《せんせいがた》の思考はよく分かります。「『三島事件』で三島由紀夫にかぶれたコドモがここにもいる」と先生は考えておられたのでしょう。しかし、ぜんぜん違うのです。

小学4年生のころから現在に至るまで、私は「三島事件」にはそれほど深い興味を抱いたことはありません。中学生の喜八少年はあくまで「三島由紀夫の文学作品」を愛していたのです。しかし、大人からは「こんな子供に三島由紀夫の小説が理解できるわけがない」と思われていたのでしょうね。たしかに自分自身が大人になった今は教師たちの「偏見」も分からないではありません。しかし、おなじような過ち、すなわち無意味に子供を見下すような倣岸さは持たずにおこうと自分に言い聞かせています。子供は大人に負けず劣らず高い理解力を持っていることが少なくない。多くの人は大人になると、この「真理」を忘れてしまうようですが・・・。

ものすごく大雑把にいうと、私は三島由紀夫の初期から中期にかけての作品に感銘を受けることが多いようです。そして、晩期作品の多くにはあまり心惹かれない。と言っても晩期作品群を否定するほどでもない。こういった傾向があります。これまた物凄く大雑把にいうと、三島由紀夫がボディビルや各種武道・格闘技を始めてからは、三島文学の内容が変化していった。その変化は私にとっては好ましいものではなかったということができるかもしれません。

これは「ないものねだり」でしょうけれど、三島由紀夫がボディビル・格闘技を開始した後も、文学においては平安王朝絵巻のような雅《みやび》な世界を追求していってくれたなら、とは思います。筋肉を鍛え日本刀やミリタリズムを愛しながらも、小説に関しては絢爛豪華な「三島ワールド」を展開してくれたなら、どんなによかったことか。ひとりの三島ファンとしてこんなことを強く思いますが、これはあくまで「ないものねだり」です。

ちなみにボディビルで鍛えた三島由紀夫の「肉体」を誹謗中傷する声は今も昔もあります。「三島由紀夫が自慢げに露出していた身体は実際には非常に貧弱なものであった」というような意見です。これには一理あります。たしかに三島の身体は「ボディビル後」にも、絶対値としてはそれほど立派なものではありませんでした。コンテストに出場するようなボディビルダーと比較すれば「貧弱」という形容もあながち間違いではありません。しかし、それは意地の悪い意見であることも間違いない。

身体を鍛え始める前の三島由紀夫の身体は文字通り「骨と皮」ばかりの大層に「ひ弱」なものだったのです。貧弱な肉体を10年以上の歳月をかけて少しずつ少しずつ鍛えていった。その結果(ボディビルダーとしてはともかく)一般人としては立派な身体になった。これは誰にもできることではないでしょう。「文豪」の名がふさわしい大作家であると同時に大蔵省の能吏でもあった三島由紀夫らしい「刻苦勉励」がボディビルにおいても実を結んだ。このように評価するべきだろうと私は思います。

後期・晩期の三島作品にあまり感銘を受けず三島由紀夫の「政治思想」にもそれほど共感を覚えない私ですが、1人の鍛錬者として倦《う》まず弛《たゆ》まず地道に筋力トレーニングを実施していった平岡公威(三島由紀夫の本名)の姿には心を打たれます。一般に考えられているよりも、ひ弱な体質の人が筋肉をつけるのは困難なことだからです。平岡公威・三島由紀夫はその困難な事業を不屈の闘志でやりとげました。三島由紀夫が「改造後」の肉体を見せびらかす傾向があったのは事実でしょうけれど、ひ弱な身体の持ち主として少年期・青年期を過ごした反動であると思えば、ムキになって三島の性向を批判する気にはなれません。

ところで、この駄文を書いているうちに思い出しました。三島作品のうちで中高校生のころの私が何度も何度も読み返した1冊がありました。それは『文章読本』です。中公文庫版の『文章読本』はある時期私の「バイブル」といっていい本でした。「文学少年(?)」であった私は友人たちと「同人誌」の真似ごとのようなことをしていました。そして、ほぼ唯一の「文章の先生」が三島由紀夫の『文章読本』だったのです。長い間すっかり忘れていましたが、思い出しました。

こうやって弱小ブログでシコシコと文章を書いて発表している現在の自分にも『文章読本』は再び「先生」となってくれるに違いない。これには確信があります。三島由紀夫は超絶的な技巧をもつ大小説家であると同時に、きわめて明晰な評論家であり、おそらくは素晴らしい教師にもなれる人であったからです。『文章読本』を読み返して、私も今から「文章修行」を始めようと思います。この「喜八ログ」をいささかでも「進化」させようと思います。それにしても、三島由紀夫が早世したのは本当に残念なことでした。大正14年(1925)生まれの三島が存命であったなら、まだ80台前半。言葉の真の意味における「先生」として、日本社会に多大な貢献をしてくれたことは間違いないでしょう。

三島由紀夫の「荒ぶる魂」に鎮魂の祈りを捧げます。


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投稿者 kihachin : 2008年04月11日 20:07

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