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2009年05月04日

喜八、17歳

猫の喜八
「猫の喜八、17歳、2009年04月」


言うまでもなく「17歳」は私(喜八)のことではありません。
ウチにいる「猫の喜八」の年齢です。


ネットコミュニケーションで「ハンドルネーム」なるものが必要になったとき、深く考えることなく「猫の喜八」の名前を拝借して、そのまま10年以上使っています。
こう書いてみると、我ながら、ものすごく軽率な気がしますね(汗)。

トップの画像は、ついこのあいだ撮影した「喜八(17歳)」です。
すっかりお爺さん猫になってしまいました・・・。


6年ほど前に書いた自分の文章を以下に再掲しておきます。


★転載開始★

野良猫喜八

1992年春のある日、近所の小学生が仔猫と遊んでいました。ところが、そのときの少年たちは猫をいささか乱暴に扱っているようでした。そこで彼らから仔猫を取り上げて「おじさんが親猫に返しておくから」と預かることにしました。

その時点で、仔猫が近所を縄張りとしている野良猫の子供だということは分かっていました。そこで母猫を訪ねて子供を返すことを試みました。仔猫は母親を覚えていていっきに駆け寄ります。しかし母猫は我が子を「ふーっ!」と威嚇《いかく》して追っ払ってしまうのです。

哀れにも母親に拒絶された仔猫は今度は私の足元に必死になって駆け寄ってきました。「びぇー!」と泣きながら。
どうにも仕方がないので家で飼うことにしました。

これが猫の「喜八」です。

あとになって知りましたが、猫は我が子を匂いで判別するようです。長い間、親子離ればなれでいたため匂いが薄まり、自分の子供だということが分からなくなってしまったのでしょう。

喜八はてのひらに乗るくらいに小さな仔猫でした。体力が弱っていたので、すぐに死んでしまうかもしれないという不安がありました。が、私の心配も杞憂になって、丈夫な猫に育ちました。いままでほとんど病気もしたことがありません。

その後、インターネットでは「ハンドルネーム」というものを使うのが通例であるということを知ったとき、深くものを考えないというか何も考えずに猫の「喜八」の名前をそのまま流用しました。

じつは猫の喜八に命名するときも、通勤電車の窓から「喜八寿司」という看板を目にして、なんだか調子よく感じたのでそのまま採用したのです。このときも何も考えていませんでした。


夢の中で

猫の喜八がでてくる夢をよく見ます。そこでは喜八は実際の仔猫のころよりさらに小さく、小指の先くらいのサイズだったりします。「ちょっとでも目を離したら死んでしまう」と心配したころの私の心理が投影されているのでしょう。

ついこの間も奇妙な夢を見ました。
舞台は日本とヨーロッパ中世を合わせたような世界です(早い話がテレビゲームのような世界)。主人公(私)はひなびた山村に暮らす青年です。

ときはあたかも戦乱の世。「よーし、おれも世の中にでて一旗上げよう」と甘い考えで故郷を飛び出してしまいます。飼猫の喜八をあとに残してゆくことだけが心残りでした。

運がよかったのか、最初に仕えた大将のもとで、まぐれで軍功を立ててしまいます。その後、高貴な身分のお姫様との恋なども経験しますが、結局うまくはいきませんでした。

諸国を巡り歩いて、若いころの手柄をホラを交えて吹聴して、気楽に世間を渡ってゆきます。どこまでも無責任に、堅実な人生設計などとは無縁に、うかうかと日々を過ごしているうちに老いが忍び寄ってきます。

ある日「自分ももう若くはない」と気づきました。すると、にわかに望郷の念が沸きおこってきます。
そこで故郷を目指すことにしました。

あとひとつ峠を越えれば生まれ育った村というところまでくると、若いころに飼っていた猫の喜八が姿を現します。
「そうか、オレを迎えにきてくれたのか」思わずホロッときます。

しかし、何十年も前に飼っていた猫がまだ生きているわけはありません。
ここでは既に主人公(私)がこの世の者ではないことが暗示されているのです。

以上はできの悪い「邯鄲の夢《かんたんのゆめ》(※)」ですが・・・。
実際に私がこの世を去るときも、猫の喜八が迎えにきてくれるのではないか? という強い予感があります。そう思うとなんだか心温まるものがあるのです。


(※邯鄲の夢:出世を望んで邯鄲に来た青年盧生《ろせい》は、栄華が思いのままになるという枕を道士から借りて仮寝をし、栄枯盛衰の50年の人生を夢に見たが、覚めれば注文した黄粱《こうりよう》の粥《かゆ》がまだ炊き上がらぬ束の間の事であったという沈既済「枕中記」の故事より〕栄枯盛衰のはかないことのたとえ。邯鄲の枕。邯鄲夢の枕。盧生の夢。黄粱一炊の夢。黄粱の夢。一炊の夢。「大辞林 第二版(三省堂)」)


喜八
「猫の喜八、1992年05月」

★転載終了★


約6年前、上の文章を公開したとき、複数の友人知人から「淋しい話だね」と言われました。

たしかに、その通りかもしれません。
一種の諦観《ていかん》が感じられる文章です。
ある日「自分ももう若くはない」と気づきました』という部分は、数日前50歳になった今の自分の心境そのものではあります・・・。

とはいえ。
このまま「枯れていく」という予感は全然ないのです。
今後は自分の中の「かなり性能のいいブレーキ」を意識的に緩《ゆる》めていき、好き勝手にやっていこう。
などと企んでいます。
あまりに月並みな言い方になりますが「第二の青春」ってやつですね。
「これから恋もするぞー!」と心静かに(?)決意しています。

ただし!
私(喜八)は女性に関してガツガツした男ではありません。
あらぬ誤解を招くといけないので、ヤボを承知でお断りしておきます。
女性の友人知人たちが「はっ! もしかしたら喜八に横恋慕されているのかもしれない?!」なんてストレスを覚えるといけませんので(笑)。
私は基本的に「色気ゼロ」の男です。
惚れている女性1人だけに対しては、にわかにエロオヤジと化しますが(笑)。
女性の友人知人に対しては徹底的に「色気ゼロ」です。
これは無理にそうしているのではなくて、本来の性質みたいです。

なんて、またまた下らないことを書いていますね(汗)。
話をマジメ路線(?)に戻します。

30年後、無事に80歳となりましたら・・・。
いよいよ、枯れることなく。
「これからが第三の青春だ!」と心機一転して、さらに好き勝手に生きていこうと思っています。


付記:「TAMA猫」支援のお願い

プロカメラマン小西修さんと奥様は、長年にわたって多摩川沿いで、野良猫・野良犬・野宿者支援を続けられてきました。
ささやかながら「喜八ログ」も小西さんご夫妻を応援します。

TAMA猫 Shop

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野良猫グッズの売上は野良猫・野良犬・野宿者支援に使われます。

そして以下は「TAMA猫基金」情報です。
ぜひ、ご協力をお願いします!

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TAMA猫基金について
(「小西修の動物ドキュメンタリーBLOG」2009-03-06)

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(※上の猫画像は「ImageChef イメージクリエーター」で製作しました)


投稿者 kihachin : 2009年05月04日 08:00

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