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2010年09月15日

『リハビリの夜』熊谷晋一郎(その1/協応構造)

『リハビリの夜』熊谷晋一郎
リハビリの夜』熊谷晋一郎、医学書院(2009)

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熊谷晋一郎さん(小児科医・写真掲載ページ)の著書『リハビリの夜』医学書院(2009.12)を紹介させていただきます。

最初に版元・医学書院のページから。

リハビリの夜
著:熊谷 晋一郎
痛いのは困る。気持ちいいのがいい。
現役の小児科医にして脳性まひ当事者である著者は、あるとき「健常な動き」を目指すリハビリを諦めた。そして、《他者》や《モノ》との身体接触をたよりに「官能的」にみずからの運動を立ち上げてきた。リハビリキャンプでの過酷で耽美な体験、初めて電動車いすに乗ったときのめくるめく感覚などを、全身全霊で語り尽くした驚愕の書。

(※医学書院のページ


あえてベタな言い方をしますと、『リハビリの夜』は自分(喜八)にとってきわめて「重要な本」です。
というのは『リハビリの夜』から私は多くのことを学んだからです。
ちょっと大袈裟なようではありますが…別に誇張しているわけでもヨイショをしているわけでもなくて、本当のことです。

現在、自らの「運動」に関して私は次のように考えています。

徹底的に「当事者運動」でいく。他人のために「正しい」ことをしようとは思わない。

当事者運動でいく」という立ち居地が定まったのは、熊谷晋一郎さんからの影響があります。
とはいえ、熊谷さん1人だけから学んだわけではありません。
NPO法人・もやい」の勉強会に行ってみて、その後なぜかボランティア・支援者という形ではなくて、周縁的に曖昧《あいまい》な形で関わっていく過程で「自分自身の当事者性」を認識していったということもあります。
そのほか、多くの個人・団体からの「学び」もありました。
生活(生存)支援系団体、複数のユニオン(労組)、築地市場移転反対運動、宮下公園ナイキ化反対運動、平和活動家の人たち…。
これらの人たちと出会い、話をして、自分で本を読み、そうこうしているうちに、《自分は徹底的に「当事者運動」でいく》という考えがまとまっていきました。
そして大勢の人たちから学んだ中でも、「もやい」代表理事・稲葉剛さんと小児科医・熊谷晋一郎さんからの影響はかなり大きいなと感じるわけです(※複数の女性からも大きな影響を受けていますが、今回お名前を挙げるのは自粛します)。


リハビリの夜』の中で、特に印象的だった一節を引用します(同書205頁)。

 私たちは、どんなに隙間なく協応構造を立ち上げようとしたところで、その協応構造に従わないモノや人に直面することを避けることはできない。予期を裏切るそんな他者たちは、硬直しかかった協応構造に何度も隙間を空けてくれる。そのような他者の存在によって協応構造は、ほどけと結びなおしを繰り返し続ける。そして私には、この協応構造のほどけと結びなおしの反復こそが、生の現実に思えてならないのである。

しかし、上の引用部分だけを読んで内容を理解する人はごく少数だろうとも思います。

ちなみに先日(09月09日)「第5回バリアフリーシンポジウム:痛みはなくすべきか?-「回復」を再考する」の会場(東京大学先端科学技術研究センター4号館2階講堂)で熊谷晋一郎さんに挨拶する機会がありました。
その際、写真を撮らせていただきながら「私(喜八)もブログで『リハビリの夜』を紹介しようと思っているのですが、これがなかなか難しくて…」と愚痴をつぶやきました。
すると熊谷さんは「そうですね。結局『本を全部読んでください』ということになってしまうかもしれません」ということを仰っていました。
だから私も「とにかく『リハビリの夜』を読み通してみてください」と、ブログ読者の方に言いたいのはやまやまなのですが…。
それでは面白みに欠けるのと、自分のためにもならないので、とにかく無い知恵を絞って、この書評エントリを書いています。

なんて「いいわけ」が長くなりました(汗)。
引用文の解説に移ります。

協応構造(coordinative structure)」がキーワードです。
引用文のみならず『リハビリの夜』における最大のキーワードのひとつだろうと思います。

それでは「協応構造」とは何か?
たとえば、人が歩く・走る・投げるなどのパターン化された運動をするとき、個々の筋肉や関節のそれぞれを意識的に制御しているわけではない。
人体には、約400の骨格筋・200以上の骨・100以上の関節がある。
これらに対して、「意識」といった一つの制御機関によって指示を出すのは、その制御機関にかかる負荷が大きくなり過ぎる。
意識(制御機関)からそれぞれの筋肉に対してばらばらに(個々に)指令が出されるトップダウン式の「縦の関係」。
それに加えて「横の連携」─意識(制御機関)からの指令を待たず或る筋肉の動きが他の筋肉の動きと緩やかなつながりを持ちながら拘束しあっている─があることを示唆している。
このような「横の連携」のことをロシアの運動生理学者ニコライ・ベルンシュタインは「身体内協応構造」と呼んだ。

と、前節は『リハビリの夜』からの「受け売り」でした。

このベルンシュタインによる「身体内協応構造」から熊谷晋一郎さんは「身体協応構造」というアイデアを導き出します。
「身体協応構造」が身体の内の骨格筋・骨・関節などの「横の連携」であるのに対して、「身体協応構造」は外部のモノや人との「横の連携・つながり」を意味します。

そして、モノとの「身体外協応構造」の例として、熊谷さんは自身とトイレのつながりを挙げます。
18歳のとき、大学入学を機に熊谷晋一郎さんは一人暮らしを始めます。
脳性まひ当事者である熊谷さんは、当時、トイレに行くこと、着替えをすること、風呂に入ること、車椅子に乗ることが自力では行なえない状態でした。
にもかかわらず、一人暮らしを始めた。
そんなことをしたらのたれ死んでしまうのではないか」というご両親の危惧をもっともだと思いつつ…。
そして、自分固有の暮らしを一から作り上げていこうと決意した熊谷さんと最初に対峙したのが「トイレ」でした。
便意が襲ってきた。
トイレの使用(排泄する)にただ1人全力で挑戦しつつも、結果として敗北(失禁)してしまう熊谷さん。
その後、業者に依頼して、熊谷さんは少しずつトイレ改装工事を進めました。
使いやすくなるような改善点があれば業者にフィードバックする。
そんなやり取りの繰り返しを通じて、トイレとつながることができました(トイレとの「チューニング」)。
その後も熊谷さんは同じようにして、シャワールーム・ベッド・玄関とつながっていきます。
このような自分の動きとモノの応答のあいだにある緩やかな「横の連携」を熊谷晋一郎さんは「身体外協応構造」と定義します。

身体外協応構造」はモノだけでなくて、人とも結ばれます。
たとえば職場での人同士の「身体外協応構造」は「チームワーク」と呼ばれます。
ここで引用文に戻りましょう。
先にも申し上げましたように、最重要キーワードは「協応構造(coordinative structure)」です。
「身体内」「身体外」合わせての協応構造。
世界(モノ、人)と自分との「緩やかなつながり」「横の連携」を意味します。
「協応構造」を全力を尽くして自らの周囲にを作り上げていったとしても、「その協応構造に従わないモノや人に直面することを避けることはできない」。
例えるなら、どんなに愛し合っている恋人・パートナーとの関係でも、2人のあいだに隙間が生じて「協応構造・つながり」がほどけてしまうのは避けられない。
けれども、ほどけてしまったからといって、それで絶望する必要はない。
ほどけたら、結びなおせばよい。
またほどけたら、また結びなおせばよい。
2人のあいだに生じた隙間を無視するのではなくて、隙間の中で対話をする。
お互いの現状を見つめなおし、協応構造を紡ぎなおす。
この協応構造のほどけと結びなおしの反復こそが「生の現実」であり、そこにこそ人としての「希望」はあるのだ。
かなり強引に自分の側に引き寄せて、私(喜八)は以上のように読みました。

(「その2/規範」に続きます…)


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熊谷晋一郎さんが『リハビリの夜』医学書院(2009)について語る動画です。

『リハビリの夜』 熊谷晋一郎 著者メッセージ


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投稿者 kihachin : 2010年09月15日 20:00

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