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2012年09月28日

【転載】「全国ハンセン病療養所入所者協議会(全療協)」会長・神美知宏さん《「最後の闘い」へむけて》

多磨全生園
国立療養所多磨全生園」正門


全国ハンセン病療養所入所者協議会(全療協)」会長・神美知宏(こう みちひろ)さんの発言《全療協「最後の闘い」へむけて ―〈実力行使〉決議の経過と,市民への支援・連帯の呼びかけ―》を「ハンセン病首都圏市民の会」ウェブサイトより全文転載させていただきます(※転載文は当エントリ後半です)。


ハンセン病回復者が、厚生労働省前での座り込み、各療養所でのハンガーストライキなど《実力行使》《最後の闘い》を決意しました。
平均年齢が80歳を超えるハンセン病回復者が、今なぜ《最後の闘い》をしなければならないのでしょうか?
政府の進める「行政改革・合理化政策」のため、療養所職員(国家公務員)が削減され、医療・看護・介護・給食等のサービスが著しく損なわれており、療養所入所者の《命にかかわる,生存権にかかわる》状況があるからです。
この《社会的な抹殺》ともいうべき扱いに抗議するため、「全療協」は1971年以来41年ぶりの《実力行使》を決定しました。

国の職員削減方針に抗議
(「中日新聞」2012年07月20日・朝刊)

「全療協」の「実力行使 決議」は以下の弊ブログページでお読みください。

「全国ハンセン病療養所入所者協議会(全療協)」の「実力行使 決議」
(「喜八ログ」2012年07月26日)


全国ハンセン病療養所入所者協議会(全療協)」会長・神美知宏(こう みちひろ)さんの発言《全療協「最後の闘い」へむけて ―〈実力行使〉決議の経過と,市民への支援・連帯の呼びかけ―》を以下に転載させていただきます。
文字起こしと編集を担当されたのは「ハンセン病首都圏市民の会」事務局・黒坂愛衣さん(くろさか あい/社会学研究者)。
黒坂さん《公務員削減→ハンセン病療養所の職員減によって、入所者の方々の生活がどうなってしまっているのか。少し長いですが、最後までお読みいただけると幸いです》《拡散希望!》とのことです。

(★転載開始★)

全療協「最後の闘い」へむけて
 ―〈実力行使〉決議の経過と,市民への支援・連帯の呼びかけ―
 
 全国ハンセン病療養所入所者協議会
 神 美知宏(こう・みちひろ)会長

「ハンセン病首都圏市民の会」緊急拡大事務局会議
 2012年9月19日(水)午後2時~
 多磨全生園「中央集会所」にて

 今回,全療協がハンスト・座り込みといった〈実力行使〉を決議するに至った経緯と,職員減のなかハンセン病療養所で起きている厳しい実態について、神会長から説明がありました。また神会長は、日本社会の市民にたいし,支援・連帯を求める呼びかけをしています。“一般市民のハンセン病問題にたいする無関心や忘却,傍観者的態度が,われわれにたいする強制隔離や迫害を支えてきた”と神さんは訴えます。(音声おこし・編集/ハンセン病首都圏市民の会 黒坂愛衣)

ハンセン病迫害を支えた一般市民の「忘却」「無関心」

 お忙しいところ時間を割いてお集まりいただきまして,たいへん心強く思います。ありがとうございます。
 全療協組織が結成をされたのが1951年。以来61年の闘いの歴史を刻んできました。日本の歴史のなかで,患者団体が,半世紀を超え,61年にわたって運動を持続せざるをえない,闘い続けている組織というのは,全療協が最右翼であるわけです。なぜ,平均年齢が82歳になり,後遺症が酷くなり,重度の障碍(しょうがい)をもった組織が,こんにちにおいてもなお,過激な〈実力行使〉をともなう運動を展開せざるをえなくなっているのか。
 61年間の運動のなかで,わたくしが,支部の自治会活動,全療協活動に加わりまして50年経ちます。“なぜ問題がいつまでも解決しないんだろうか?”という疑問をずぅっと持ち続けて,わたくしは50年間闘ってきました。国にたいして責任を問うと同時に,社会にたいして,市民にたいして,「それはなぜだ!」ということを,わたしたちは声を大にして叫び続けて,現在に至っております。
〔「らい予防法」違憲国賠〕裁判闘争に参加して初めて気がついたことは,それまで,一般市民の方々は,わたくしたちハンセン病の患者であった人々の存在,動き,その人生について――強制隔離をされ,街やムラにおいて目の当たりにできなくなったことによって――忘れ去り,無関心になってきた。その事実のうえに国は胡坐(あぐら)をかいてきたと,わたくしは実感として痛切に感じております。〔2001年に熊本地裁で原告勝訴の〕判決が出されて,政府は慌てました。これにたいしてどう対応するかという協議が続けられ,その結果,政府は「控訴をしない」という決断をし,われわれの運動にもようやく新しい風が吹き始めたかと,首相官邸の周りで座り込みをしながら,わたくしは感じ取ることができました。
 それにもかかわらず、全療協運動がなぜ、いつまでも課題を抱え続けているのか。最大の理由は,市民の方々が積極的に関心を示さない。これほど非人道的な政府の政策の過ちがあったにも拘わらず、そのことを振り返ろうともしない。無関心になる,忘れ去られている。
 わたしども〔ハンセン病療養所入所者〕の平均年齢が80歳を超えて,この全療協運動は、継続が困難になりました。全療協運動はあと1年か2年ではないか。わたしも78歳になりまして、いつまでもこの過激な運動の中心にいるわけにいかないと,このごろ実感し始めています。この1,2年が勝負だなと,わたくしは考えています。しかし,どこまで闘ってきても,スキッとした,運動の大きな成果を掴み取ることができない。わたしは,全療協が高齢化し足腰が衰えたなかで,今後も闘いを続けることが困難になってきたいまこそ、市民の方々にとって代わってほしいという切なる願いをもっています。

全療協〈実力行使〉決議に至った経過

 厚生労働省のいちばん新しいデータによりますと,ハンセン病療養所の入所者数は8月31日現在,2,096人になりました。かつて全療協組織を結成したとき,全国の療養所に12,000人が強制隔離をされておりましたが,それから60年経って,入所者数は6分の1になってしまった。1年に約150人の方が亡くなっています。昨日まで元気だったおじいちゃんが,今日は認知症とかで病棟に隔離されてしまう。そういう例が,各療養所で枚挙にいとまがない。もう,われわれは,いまやらなければ,ここ1年に勝負をつけなければ,永久に社会的な孤児となって,むなしい人生を閉じなくてはならない立場にあるということを,あらためて思い知らされています。
 そこでこのたび――「ひじょうに過激」とも批判を受けておりますが――〈実力行使〉をもった闘いを展開しなければ,もう,われわれの体力がもたなくなったというところまで追い込まれています。
 今年6月22日,国賠裁判の結果をふまえて生まれた,厚生労働副大臣を座長にした年1回の「ハンセン病問題対策協議会」が開かれました。このなかでも,わたしどもはやかましく,わたくしどもの正当な権利の行使をするために,国に要求をしてきました。政府の関係者は,わたしどもの要求にたいして,長年にわたって「よくわかっている。そのことを解決するために最大限努力をする」と,繰り返し言明をしてきました。昨年,厚生労働省の玄関前に「らい予防法による被害者の名誉回復及び追悼の碑」が建立されましたけれども,今年も6月22日に追悼式が行われて,〔小宮山洋子〕厚生労働大臣が挨拶をしました。その碑文にはどういうことが書かれているのか。「ハンセン病の患者であった方々などが強いられてきた苦痛と苦難にたいし深く反省し,率直にお詫びするとともに,多くの苦しみと無念のなかで亡くなられた方々に哀悼の念を捧げ,ハンセン病の解決に向けて全力を尽くすことを表明する」。このように深々と刻まれております。この文言を,毎年毎年,政府の責任者は口にしております。しかし,何年経っても,おんなじ文言を,平気でわたくしどもの前で繰り返すだけで,実際にはなんにもしない。
 この運動の責任者の一人として,ハンセン病療養所入所者の実態を考えてみるときに,もう国の言葉にごまかされるわけにいかないと,痛切に感じました。「ハンセン病問題対策協議会」のなかで,厚生労働副大臣の言明をいろいろ伺ってみると,おなじ文言を今年もまた繰り返しました。「なにを言ってるんだ! あなた方の先輩たちは,わたくしどもの前で何回,そういう言葉を繰り返し回答してきたか。“今年こそは”と,わたくしどもは,政府が責任あるハンセン病対策を推進してくれるかと期待をしていたけれども,なんにも解決しないじゃないか。われわれはもう,残念ながら余命いくばくもなくなったので,いまこそ命を懸けた闘いに挑まざるをえない」と,厚生労働副大臣に直言をいたしました。
 そのときにわたくしは「通常の運動のあり方であれば,あなた方はなんにも痛痒(つうよう)を感じない。口先でごまかしてきた。しかし,われわれはここまで追い込まれ,余命いくばくもなくなってきたときに,おなじことを繰り返すわけにいかない。これ以上,問題を未解決のまま,先に送ることはできない」と強調したわけです。そこまで踏み込んで,このさい〈実力行使〉――ハンガーストライキ,座り込み――ということを言葉にしましたが,それでも平然としている。いままで,そこまで厳しく言ったことはなかったんですが,国の態度はおなじ。“これはもう,やるしかない”と,わたくしはそこで腹を決めました。
 7月に,「そういうことが毎年繰り返されている。どういう運動を展開すれば,不自由者棟や病棟で苦しんでいる人たちの権利や人間の尊厳を,現実のものにできるのか」と,支部長会議で議論をしました。「もう耐えるのも限界にきた。いかなる困難があったとしても,いよいよ〈実力行使〉をしようではないか」と提案しました。ところが,各自治会の会長が出席していたんですが,「そうしよう」という声はなかなか起こらない。“はたしてそこまでできるのか?”という思いのほうが先行して,逡巡している。迷っていました。強引に,全療協の会長として「いかなる困難があろうとも,われわれは命を懸けて,最後の闘いに挑もうではないか」と発言をさせてもらいました。長い時間躊躇(ちゅうちょ)しましたけども,最終的に「やろう」「それしかない」という結論になって,〈実力行使〉を決定し,その決議文を公表することになりました。

2つの議員懇談会から首相官邸への働きかけ

“全療協は口先ばっかりでなにもできない,という認識が政府のなかにもあるかもしれない”という懸念がありましたので,「これは言葉だけの行動ではないのだ」「この過激ともいわれる運動を命懸けでやるしかないところまで,われわれは追い込まれているんだ」「誰がそういうところにわたくしたちを追い込んでいったんだ」ということを繰り返し政府に直言しながら,「いよいよ,やる」という決意を,再三にわたって強調してきました。かれらに“全療協は本気でやる気になっている”とようやく伝わって,厚生労働省がびびりはじめた。ハンセン病問題に取り組んでいただいている国会議員の方々も“もし,そういうことをさせたら,大変なことになる”という雰囲気が高まってきました。
 それらのある種の動揺は,首相官邸にまで及ぶことになりました。「ハンセン病対策議員懇談会」の会長である自民党の中曽根弘文さん,「ハンセン病問題の最終解決を進める国会議員懇談会」の責任者である川内博史さん,それから,両方の議懇の顧問である江田五月さん,この3人の方が官邸に押し掛けまして,「全療協は決心をして,ここまでやろうとしている。これを官邸は無視するのか」と,抗議にも近い交渉をしていただいて,ようやく官邸が動き始めました。藤村〔修〕官房長官が交渉のテーブルにつくことになりました。藤村官房長官というのは,厚生労働副大臣のときに大島青松園を訪問したことがあり,すぐ具体的な反応を示したというふうに報告を受けています。「超党派の議懇の国会議員の方々も動き始めたし,これは基本的には国の責任であるので,真摯に応えなくてはならない」という,藤村官房長官のご判断が出てまいりました。
 総理大臣補佐官に,与党の衆議院議員である本多〔平直〕さんという方がいらっしゃって,この本多さんに「この問題は一任をする」と藤村官房長官はお答えになった。それから本多補佐官が中心になって,官邸としての動きが始まったわけです。わたくしが,ある弁護士と一緒に官邸を初めて訪れて,総理大臣補佐官と会ったときには,まったくハンセン病のハの字も知らない。この説明にずいぶん時間を要しました。わずかな時間で理解が得られるわけはありませんから,引き続いて,弁護団あるいは国会議員の方々が働きかけを続けた。その結果,官邸も本気になって,「これは国の責任においてもなんとかしなくてはならない」というところまでなった。――全療協運動の歴史のなかで,首相官邸を動かして交渉の態勢にまで引っ張り出してきたのは初めてのことなので,これはやはり,みなさん方が背後から支えてくださっている運動のひとつの成果であろうと,わたくしどもは評価をしています。

抽象的な表現に終始した「8月23日厚生労働大臣回答」

 官邸が厚生労働省の役人を呼んでずいぶん時間をかけて勉強した結果,“なるほど,これは大変な問題だ”と真摯に考えるようになりました。厚生労働大臣はどのように考えているか。官邸は,小宮山厚生労働大臣を呼んで議論をした。しかし,厚生労働大臣はほとんどハンセン病問題の深刻な状況を知ってはいない――ということが官邸の判断で出てまいりまして,これでは大臣に任しておけないということで,官邸が能動的に動き始めたんです。官邸が中心になって,官邸の考え方を,厚生労働大臣を通して当事者にしっかり伝えなくてはならない,という官邸の方針が明確になった。
 そういう経過を経て,いまに至っています。お手元に配られている「全療協ニュース」(978号/2012年9月1日)なり,厚生労働大臣の回答書なるもの(PDFファイル)を読んでいただければわかりますけれど,〔小宮山厚生労働大臣の回答書は〕ひじょうに中身が抽象的です。ハンセン病療養所に職員の手が足りなくなって,医療や看護,介護の現場でたいへんなしわ寄せが起こっている。それを改善するために厚生労働省はどうすればいいかということは百もわかっていながら,厚生労働大臣回答という文書をみると,ひじょうに抽象的な文言で締めくくられています。
 官邸の指示により,厚生労働大臣とわたしども当事者で面談をすることになって,〔8月23日に〕テーブルを挟んでやりとりをいたしました。――たとえば,いま750人の賃金職員がハンセン病療養所で働いています。なんの保障もない賃金職員が,長い人は20年30年とハンセン病療養所で働いている。国立の医療機関で賃金職員が働いているのは,ハンセン病療養所だけです。なぜ,この人たちの労働者としての権利を国は認めないのか。なぜ,正規の国家公務員として採用しないのか。毎年,わたくしどもはやかましく要求し続けてきた。(同日の全療協の要請書/PDFファイル
 厚生労働大臣は“国の責任で,ハンセン病療養所の職員を増員しなくてはならない”ということを抽象的に文書のなかでは言い表しておりますけれども,具体性がない。賃金職員を国家公務員に切り替える措置も,遅々として進んでない。昨年あたりからさらに締めつけが厳しくなった。毎年100人以上の職員が定年でハンセン病療養所を辞めていくわけですが,辞めたあとの欠員補充も認めない,新規雇用も認めない,ということになっている。“われわれの療養生活はだんだんと破壊されていってしまう”という危機意識をわたくしどもは強くもっていますので,厚生労働大臣の回答書を見てもあまりにも抽象的で,「大臣,どう考えているんだ?」と詰め寄ったんです。大臣の回答としては「賃金職員をなるべく定員化するように努力をする」ということは約束した。それから,新規雇用抑制の問題,欠員補充の問題も詰め寄ったんですが,「“あのときに,座り込み,ハンガーストライキの実力行使をしておればよかった”という思いだけは,あなたがたにさせないように努力します」ということで,厚生労働大臣の言葉は締め括られた。少しも,わたしは成果を得たというふうに認識をしておりません。
 この問題は,とことん追及しなければ,わたしどもは再び社会的に抹殺されたまま,厳しい人生を終えていくことになる。このさい,国の責任を最後まで追及し続けて,ハンセン病療養所で老後を安心して暮らすことができるように,生きていて良かったという療養環境を実現するために,わたしたちは最後の闘いをせざるをえないと,あらためて決断したわけです。

全療協「最後の闘い」――意志統一のため全国13支部を訪問

 全国の療養所入所者は,わたくしどもが大臣の前で強調していることに同感であるのか,闘う意志があるのか,いま追跡調査をしています。なかなか足並みが揃ってないというのが現実なんです。たとえば,これは〔公表すると〕怒られるかもわかりませんが,ある大きな療養所では,「〈実力行使〉を伴う運動をしても,喜ぶのは職員だけではないか。職員が増員をされて,職員が楽をするだけではないか」と,こんなことを自治会執行部の一員が平気で口にする。これが,残念ながらハンセン病療養所の自治会執行部の一部の実態であるわけです。全療協というのは,横におられる鈴木〔禎一〕さんたちが本部〔役員〕をやっておられたときから,虐げられた立場ではありますけれども,一枚岩の団結を誇って,運動を長年継続してきた。そういう自負があるし,そのことをベースに,わたくしたちは闘い続けることができたわけです。いま,そうではなくなった。一枚岩とはいえなくなった。
「全療協ニュース」に報道しましたけども,九州の星塚敬愛園,菊池恵楓園におきましては“大きな横断幕をすでに作った。のぼり旗を作った。プラカードを作って,いますぐでも実力行使に突入できるんだ”という体制を整えています。しかし,いっぽうでは,なんにも準備してない支部があることも残念ながら事実です。自治会執行部がじゅうぶん自覚してないということは,会員もおそらくおなじだろうと推測できるわけです。ここにメスを入れて,おなじ立場で,おなじ認識で,おなじ気持ちで,全療協運動の最後の締め括り〔の闘い〕をしなければならない。強く,わたくしは思っております。
 先日,「ハンセン病療養所の将来構想を進める会」で,“全療協会長は,万難を排して,全国のハンセン病療養所をまわる必要がある”という意見が出てまいりました。わたくしも78歳になって,はたしてこの暑さのなかで全国をまわりきるだろうかと考えるとき,やはり健康状態に若干不安なしといえませんでしたから,精密検査を受けました。主治医に相談をしました。「これから約1ヵ月をかけて全国の療養所を行脚しなくてはならなくなった。わたしの身体は大丈夫か?」「精密検査の結果,治療を要するところはない」というのが主治医の結論でありましたので,「よし,それではやろう」と決断しました。今月25日から沖縄両園を訪問する,それに続いて瀬戸内3園を訪問する,そして東部の5つの療養所,九州の療養所というふうに行動計画を立てて,これから踏み出そうとしているところです。徹底的に意見交換をして,ひとつの思いになって,最後の運動に取り組もうではないかという働きかけを充分やってこようと,決意を新たにしています。
 わたしどもの組織の内部で統一と団結が保てたとしても,市民の方々に理解していただき,バックアップしていただかなければ,国は平然と,またやりすごすかもしれない。ぜひ,市民のみなさん方にも,あらゆる手立てを考えながら,わたくしどもの現在置かれている立場,課題,そういうものをご理解いただくことにも精力を集中していただきたい。わたくしどもの運動の最後の締め括りは,市民の方々の最大限のご支援を得たなかで展開させていただく以外に成果を手にすることはできないというのが,最終的な方針であります。その冒頭に,きょう,こういう会をもっていただいたことに,ひじょうに勇気づけられておりますし,ありがたく思っております。
11月5日に市民集会を開催!

「11月5日に都内で市民集会を開こう」ということが決まりました。これを成功させなくてはならない。わたくしどもの運動に理解を示す国会議員を1人でも多く呼び集める。ご支援をいただく市民の方々もお集まりいただく。この席には,総務省,厚生労働省の役人にも,「ぜひ出席をしろ」という働きかけをしようと思っています。
 問題は,いろいろ手を尽くして,官邸の指導のもとに厚生労働省が動き始めたけれども,具体的にどういう方向で動き始めているか,まったく情報が入ってこないということです。厚生労働大臣がわたくしどもに面と向かって公言をした,あの回答の中身とおなじ考えをもって,ハンセン病問題に真摯に取り組もうとしているのかどうか,たえず注目をし,的確な判断を失わないようにしなくてはならない,そう思っています。
 厚生労働大臣が言うには,官邸の指示により,国家公務員の管理をやっている総務大臣と厚生労働大臣が協議をして,ハンセン病療養所の職員増員問題について具体的にどう実践をしていくかという協議が,これから始められる。11月の段階で,具体的な数字が水面上に浮上してくる。そういうスケジュールのなかで,これから政府の動きが出てくるだろうと思っています。国の一挙手一投足を,漏れなくわたくしどもはキャッチをして,これからの運動を展開しなければならないと思っています。
 これからのわたくしどもの動きは,具体的に政府がどういう努力を積み重ねつつあるのか,〔平成〕25年度においてわたくしどもの要求がどのように実を結んでいくのか,そのプロセスをしっかり見届けながら,〈実力行使〉をいつやるかという体制を堅持しながら,11月の段階になっても,国が,わたくしどもの要求を具体的に実を結ばせようとする痕跡がみえない場合は,10月でも11月でも,わたくしたちは〈実力行使〉をせざるをえないと,基本的に考えてきました。これからの全療協運動は,みなさん方のご支援をいただきながら、いちばん大事なときに差し掛かる。わたしが急遽,全国の療養所をまわり,入所者と意見交換をしながら一枚岩の体制を作り上げ,それを背景にして,強い政府交渉を行なうという戦略をもっておるわけでございます。
 これからの政府の動き等については逐一,情報をキャッチしたならば直ちに全体に流し続けていこうと思っています。その動きを注目していただいて,いよいよやらなければならないときに,ぜひ,みなさん方に立ちあがっていただきたい。そのための11月5日の市民集会になります。

職員減のなか,ハンセン病療養所でなにが起きているか

 ただ,ひじょうに難しい。ハンセン病問題がいまどういう状況にあるのか,問題の核心が奈辺(なへん)にあるのかを,ほとんどご存じない市民が,どういう判断をなさるか。いま,ハンセン病療養所の入所者が2,096人になったけれども,じつは,そこで働いている職員の定員は3,000人を若干超えているわけです。“これほど入所者を上回った数字の職員が働いているのに,なぜ足りないんだ”という短絡的な議論が出てくる可能性があります。これにたいして的確な答えを,わたしたちは準備しなくてはならない。それには,近年ハンセン病療養所でどういうことが起こっているかを,つまびらかに社会にアピールするということがひじょうに大事です。
 一例を申し上げますと,ある療養所では今年の1月から8月まで10人の入所者が亡くなったという報告が,本部にきています。死因を調べると,半分以上の方々が誤嚥(ごえん)性の肺炎が死因になっている。職員の手が厚かったときには,後遺症が酷くスプーンもフォークも持てない人たちがご飯を食べるときには,マンツーマンで,職員がフォークや匙(さじ)でおかずやご飯を掬(すく)いながら,口に一つひとつ入れてくれていたから,安心してご飯が食べられた。しかし近年は,人手が足りないといって,そういうマンツーマンの食事介助をしてもらえなくなった。どういうふうになっているか。「おじいちゃん,すみませんが,次の人にお食事を配らにゃいかんので,自分で食べてくださいね」と言って,西洋皿にご飯とおかずを一緒にしたものをポイと,じいちゃんの前に置く。いままではスプーンで掬って口に入れてもらっていたけれども,その人手がないというから,自分で食べるしかないよ,と。「犬食い」というひじょうに悪い言葉がありますが,口を西洋皿に突っ込んで食べるしかない。そういうことがハンセン病療養所に起こっている。そのことによって,食道に入るべき食物が気管に入ってしまう。
 ハンセン病療養所入所者の後遺症の特徴として,知覚麻痺という,致命的な後遺症があるわけです。唇の知覚がなくなる,舌が痺れる,咽頭が痺れる。そういうことになると,機能がひじょうに衰えて,ふつうに食べようとしても気管に食べる物が入ってしまう。,一般の高齢者の実例を調べてみても,誤嚥性肺炎はかなり報告されているそうですけれども,わたしどもの実態は比較にならないぐらい多く,そのことによって命を落とす人が,具体的に各療養所で出始めています。
 夜中に呼び鈴を押して,「オシッコに行きたい」「大便をしたいから介助してくれ」と呼んでも,なかなか来てくれない。失禁しそうになって,自分で行こうとして倒れて骨折をしたという事例がたくさん出ています。排泄物の介助も充分にやってもらえなくなった。今年は猛暑でみんなへこたれておりますけれども,あれだけ汗をかいても週に3回しかお風呂に入れてもらえない。不自由者棟のじいちゃんばあちゃんたちが,我慢を強いられている。
 そういうことを一つひとつ市民の前に明らかにして初めて,「なるほど,そういうことなのか」と理解が得られるだろうと考えています。そういう調査も,全国〔の療養所〕をまわりながら,併せてやりたい。11月5日の市民集会で「こういう問題がハンセン病療養所の中にある。命にかかわる,生存権にかかわる問題があるのに,国は適切に対処しようとしない。これを解決するのが,このたびの運動の大きな課題になっている」とお訴え申し上げようと準備を進めているところです。

加害者/被害者/傍観者

 いま,ひじょうに深刻なのは……。〔ハンセン病療養所の〕不自由者棟をまわるとわかるんですけれど,認知症の人が22パーセントを占めている。全国的にそうなっています。それに近い人も,かなりおられる。その人たちは言葉を発することがなくなっているんです。我慢を強いられている。自分の気持ちを表現するすべを失っている。認知症になっていなくても,「もう,いい。このまま死なせてくれ」という境地になっている人たちが,かなりいらっしゃる。ひじょうに深刻な,人間の最期の生きざまをそこに見ることができます。これを放置していていいのか,たえず,わたくしたち自治会役員は問われ続けている。しかし,その自治会役員も80代になっている。末期的な状況が,ハンセン病療養所を支配している。そういう状況を,やはり社会で暮らしているみなさん方にもご報告しながら,ともに考えていただきたい。
 重ねて申し上げますが,わたしどもの運動がどういうかたちで幕を下ろすことになるのか,それは,市民の方々の理解ひとつにかかっています。わずか2,000人になって,しかもほとんどの者が老人になって,言葉を発することすらできなくなっている。テレビの前で,じぃっと背中を丸めて,ご飯だけを食べて生きている。見方によってはひじょうに悲惨な光景が,ハンセン病療養所の中で繰り広げられている。「隔離の壁は排除された」と言われる方もいらっしゃいますが,実質的に,ハンセン病療養所のこの実態をメディアが報道しないということが,社会的な抹殺につながるわけです。市民が知るすべがない。ひじょうに恐ろしい状況が療養所の中にあるということを,われわれ自身がまず自覚することが大事です。
 療養所に隔離されて70年,80年,家族ともまったく絶縁状態になっている人生を歩いている方々がいらっしゃる。偏見と差別もまだまだ社会には深く広く存在しています。「もう,いい」という境地に追い込まれていくこと,「人権も尊厳も,もういい」という人たちが増えることは,大きな悲劇だと思うんです。それを放置できない。わたしは〔若い頃に〕社会復帰を主治医から勧められたけれども,それを断念して,この運動に人生を懸けると決断をしたのが50年前でした。馬鹿みたいに一途に歩いてきたなぁと,いまさらながら思い返しています。しかしわたくしも,実際にいまの闘いを推進できるのはあと2年ではないかと,ひそかに決意しております。ここ1,2年が勝負時(どき)だ。わたしに取って替わる人がいれば明日にでも交代したいんですが,そういう人はなかなかいらっしゃらない。隣におる藤崎〔陸安〕くんも,〔全療協本部〕事務局長でありながら,病気と闘い続けています。宮古南静園では,自治会がつぶれて長い時間が経っておりますが,再開の見通しはまったくありません。中に住んでいる方々は,不自由者棟,病棟をまわってみると,ひじょうに悲惨な状況になっている。社会から見放され,さらに自治会組織からも見放された人たちの生きざまがそこにある。わたしは,じっと本部に座っておることができない,なにがなんでも療養所をまわってみようという思いに駆り立てられています。
 こういう言葉がありますね。「加害者があり,被害者があり,傍観者がいる」。これはいじめの問題の核心になっているとも,メディアは報道しております。わたしどもは国によって被害を受けた。強制隔離の名のもとに,社会と隔てられた隔離施設のなかで,これまでに25,500人が死んでいっている。そういう実態を,社会の人たちはほとんどご存知ない。加害者,被害者,傍観者。日本社会はなぜ,そういう実態を,見て見ぬふりをしているのか。そういうことも含めて,市民のみなさん方とともに議論をさせていただこうと,いま準備を進めているところです。
 みなさん,たいへんお忙しいお立場でありましょうけれども,今後,わたくしどもの運動のなりゆきをしっかり注目していただき,行動するときにはぜひ,可能な範囲でご支援をいただきたい。お願いを申しあげて,わたしの説明を終わります。ありがとうございました。

(★転載終了★)


多磨全生園
国立療養所多磨全生園「資料館通り桜並木」


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投稿者 kihachin : 2012年09月28日 12:00

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