【お勧めの本】深尾葉子『魂の脱植民地化とは何か』青灯社(2012) 更新!

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2012年10月10日

魂の脱奴隷化

猫のフミさん、大あくび
(※猫写真はクリックすると大きくなります。本文とは関係ありません)


次に挙げるのは2012年10月07日付けの弊ツイートです。

#魂の脱奴隷化 わたし(中村順)は奴隷である。生まれてから今までのあいだに、わたし自身の生を歪める数々の「奴隷の価値観」を身につけてしまった。今後はそれらの要らないごみくずをひとつひとつ捨てていくことにする。わたしは奴隷のわたしを解放する。
posted at 2012-10-07 19:03:02

ちなみに「魂の脱奴隷化」は深尾葉子さん(ふかお ようこ/大阪大学経済研究科准教授)が主導する「魂の脱植民地化」のパクリです。


ということを話していたら…。
Mさんという方からケニア人作家グギ・ワ・ジオンゴの『精神の非植民地化 アフリカ文学における言語の政治学』現代書館(2010)を教えていただきました。
ちなみに教えてくれたMさんはアフリカ英語文学の研究者・准教授で都内の某大学で教鞭(きょうべん)をとられています。
無知無学なわたしは、グギ・ワ・ジオンゴさんのことも、この本のこともまったく知りませんでした。
ウェブで調べてみたら、近くの公立図書館に「増補新版」ではない1987年版がありました。
さっそく借り出して、いま読んでいるところです。
こういう貴重なことを教えてくれる人の存在はとっても有り難いですね。
M准教授、ありがとうございます。


以前、Mさんのお連れ合いTさんを講師にお招きして、都内某所で「現代のネオコロニアリズム(新植民地主義)」に関する勉強会を行なったことがあります。
その席では、ネオコロニアリズム、ポストコロニアリズム、ガヤトリ・スピヴァク、フランツ・ファノン、巨大金融資本主義、築地市場移転問題──以上わたし(中村)はあまりよく知りませんが──などが取り上げられました。
さらに後日違う場所でTさんとお目にかかったときと合わせて、以下のようなお話をしました。
いま、わたしたちはポストコロニアリズムどころかネオコロニアリズムの時代を生きている。
しかし、その自覚を持つ人は比較的少数だ。
そのため「民主化」より先に「植民地解放」「奴隷解放」を考える必要があるのではないだろうか?
国家と民間資本が癒着してきわめて暴力的な収奪を行なってきた──植民地支配・奴隷貿易・麻薬売買・私掠船など──資本主義のダークサイドの歴史。
このダークサイドの歴史は、現代の強欲金融資本主義と、さまざまな面(資本・ヒト・思想)で、連続性があるのではないか?
このようなネオコロニアリズム状況の中、わたしたちの多くはアノミー(無力感)にとらわれている。
わたしたちは何をすればいいのか?
何ができるのか?


そこで「魂の脱奴隷化」です。
ごく最近、安冨歩さん(やすとみ あゆむ/経済学博士・東京大学東洋文化研究所教授)の著書を通じて、深尾葉子さんの「魂の脱植民地化」を知りました。
「おっ、これはいいかも?」と直感しました。
そこでパクってしまって、わたしは「魂の脱奴隷化」で行こう、と。
ただし「奴隷の人々を救う」なんてことは、自分には荷が重いですし、そもそもそういうことはしたくない…。
ですから、ともかくまずは「わたし自身を脱奴隷化しよう」と思い至ったのです。
わたしは「研究者」ではありませんから、目指すのはあくまで実利的なわたし自身の「いのち」の質の向上、さらには周囲の人たち、さらには全ての人の「いのち」の質の向上なんていう、欲張りな連立方程式も射程に入れたい。
…と大風呂敷も広げておきましょう(言うだけなら、タダ!)。


以前から以下のようなことを考えていました。
わたしたちの多くは、成長過程において強制インストールされた「常識」や「規範」により、苦しめられ、「生きづらさ」を押しつけられ、時に殺されることになるだろう、と。
おそらく、ほとんどの人たちはその成長過程で、親や教師そのほかの大人たちにより、あるいは子ども同士により、歪んだ価値観を植えつけられてしまう。
この場合の「歪んだ」というのは、自分らしく生きるためには全然役にたたない、どころかマイナスでしかないような価値観です。
「普通」「常識」「当たり前」「人並み」「一人前」「自立」「成熟」「責任」「義務」「労働」「自由」「正しさ」「強さ」「おカネ」「競争」「市場」「コミュニケーション」などなど…。
以上をいちがいに否定するわけではないけれど、これらは扱いようによっては、自らを抑圧し、歪め、殺しかねない猛毒も秘めている。
「わたしを生きる」上でマイナスでしかない価値観に縛られていては、いずれにしても「いいこと」はないだろう。
最終的には自分を「殺す」ことになるかもしれない。
わたしたちは、自分のものではない「生」を生きさせられ、その反動として、強烈な自己嫌悪もしくは自己欺瞞を余儀なくされる。
それが「生きづらさ」の正体ではないのか?
わたし自身が「生きる」ために不必要な価値観や考え方は全て積極的に捨てるしかないと思う。
そんなものは「くそくらえ!」だ。


それで最初の宣言を、ともかくも発してみました。
まあ、肩に力を入れることなく、ぼちぼちと楽しみつつ、わたし自身の「魂の脱奴隷化」を進めていきたいと思います。
とりあえずは、猫さん写真の撮影(例1 例2 例3 そのほかたくさん)などは、わたしの「魂の脱奴隷化」を促進するのではないか? という実感はあります…。

#魂の脱奴隷化 わたし(中村順)は奴隷である。生まれてから今までのあいだに、わたし自身の生を歪める数々の「奴隷の価値観」を身につけてしまった。今後はそれらの要らないごみくずをひとつひとつ捨てていくことにする。わたしは奴隷のわたしを解放する。
posted at 2012-10-07 19:03:02


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投稿者 kihachin : 2012年10月10日 12:00

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