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2013年12月03日

稲葉剛『生活保護から考える』岩波新書(2013)

『生活保護から考える』
稲葉剛『生活保護から考える』岩波新書(2013)

(※『生活保護から考える』を「Amazon楽天」で購入する)


稲葉剛さん(いなば つよし/「自立生活サポートセンター・もやい」代表)の新著『生活保護から考える』岩波新書(2013.11.20)を紹介するエントリです。


生活保護から考える』はタイトルにある通り、昨今話題になることが多い「生活保護制度」から「人間らしい生き方とは?」「社会のあり方は?」などを考察した本です。
ただし「中立的」な立場から書かれたものではありません。
本書冒頭近くの「ⅴ」ページで、著者は次のように企図を明らかにしています。

 私は過去二〇年間に三〇〇〇人以上の方の生活保護の申請に立ち会ってきました。また、現在は生活保護の利用者とともに基準の引き下げや制度の改悪に反対する運動を行なっています。そのため、この本も生活保護制度を必要としている人や制度を利用している人の立場に寄り添うことをめざして執筆しています。
 その意味で、いわゆる「中立的」な立場から書かれたものではありません。制度やその利用者に対する誤解や偏見に満ちた言説が社会に満ち溢れる中で、肩身の狭い思いをさせられている当事者に近い視点から、生活保護問題の全体像に迫ろうとするものです。

稲葉剛さんは長年にわたり福祉の窓口での「水際作戦」──申請を受けつけずに追い返す違法対応──などの人権侵害と果敢に戦ってきました。
近年は生活保護利用当事者・支援者・法曹人・学識者・行政職員・ジャーナリストなど様々な人たちとともに生活基準引き下げや制度の改悪に反対する運動にも従事されています。
じつはわたし(中村順)は「STOP!生活保護基準引き下げ」アクションで稲葉剛さんの「なかま」です。
したがって、わたしのこのブログ記事も「中立的」ではありません。
稲葉さんを含む生活保護改悪に反対する運動のなかまたちを応援する明確な意図を持って書いています。


生活保護制度については未だよく知られているとは言えず、さらに「生活保護バッシング」なども(おそらく悪意を持って)行なわれたため、間違った印象を持たれている方も少なくないだろうと思います。
生活保護制度の本当の意味」は本書203-204頁の以下の部分に明確にまとめられています。

 生活保護制度の本当の意味とは何でしょうか。それは人間の「生」を無条件で保障し、肯定するということだと私は考えています。「生」と言うと、最低限の生存が維持できている状態という意味に受け取られがちですが、ここで言う「生」とは衣食住だけでなく、健康で文化的な生活、つまり「人間らしく生きる」ことを意味しています。
 現代社会において「人間らしく生きる」ためには経済的な基盤が不可欠です。その基盤を支えるための制度はさまざまありますが、どんな人に対しても最後のラインで「生」を防衛しているのが生活保護制度だと言えます。その意味で、生活保護制度は「人間らしく生きたい」という人として当然の願いを無条件で肯定している制度だと私は思います。

生活保護から考える』を読むのはわたし(中村)にとって、けして「人ごと」ではない、非常に強い臨場感を持った体験でした。
たとえば、第4章「当事者の一歩」に登場する4人の(元)生活保護利用者は全員が「運動のなかま」もしくは「ともだち」です。
151頁で紹介されている2011年08月の生活保護利用当事者主催デモ──《少なくとも二一世紀では初めてではないか》──にはわたしも参加しました(※当ブログの関連記事)。
167頁で紹介されている厚生労働省「生活保護制度に関する国と地方の協議」第二回会合で、岡崎誠也高知市市長(全国市長会を代表して参加)などが生活保護利用当事者に対する差別的な発言をして、それに対して稲葉剛さんが舌鋒鋭く批判の声を上げたときも、わたしはその場に居合わせました(※当ブログの関連記事)。
生活保護から考える』のこれらの部分を読むと、当事者が上げた抗議の声、わたし自身が感じた怒りがフラッシュバックするように蘇ります。
その意味では或る意味「苦しい」ところもあった読書体験でした。


生活保護から考える』では《生活保護を「受給する」「受ける」》ではなくて、「利用」するという言い方がされています。

厚生労働省は「受給」という用語を用いていますが、「受給する」、「受ける」という言葉には受身のニュアンスが強いため、主体的に制度を使うという意味を込めて「利用する」という用語を用いています。(「ⅵ」頁)

わたし(中村)も以前から《生活保護制度を「利用」する》という表現をするようになっています。
これは本書にも登場する松田千花さん(仮名)たち運動のなかまと意見交換していくうちに自然とそうなっていきました。
なお、松田千花さん(仮名)は弊ブログでもメッセージクロスなどの作品を数十回にわたって紹介させていただいている「M」さんです(※当ブログの関連記事)。
《生活保護制度を「利用」する》という言い方について、自分のツイッターを調べてみると、2011年09月には既にそうしていたことが分かりました。
また、2012年11月の次の2つのツイートでは《「利用」する》宣言を行なっています。

2012年11月9日、厚生労働省前で行なわれた〈STOP!生活保護基準引き下げ〉アクション。或る人が《生活保護を「受ける」とは言わず、「利用する」と言う》と発言した。まったく同感だ。しばらく前からわたしも「受ける」や「貰う」は使っていない。(2012年11月10日
生活保護は公道・公園・公共図書館等と似たものかもしれない、と考える。憲法で保障された《健康で文化的な最低限度の生活を営む》ため、全ての人に対して開かれた制度。公道・公園・公共図書館を「利用する」とは言っても、「受ける」「貰う」とは言わない。(2012年11月10日

最初のツイートの《或る人》は運動のなかまの方です。
稲葉剛さんは2012年のこの当時「生活保護を受給する・受ける」という言い方をまだ使っていたと記憶しています。
その後、生活保護利用当事者の運動のなかまたちが使う「生活保護を利用する」という用語を用いるようになっていったのでしょう。
そういうところは、稲葉剛さんがいわゆる「支援者」の中でも当事者に近い位置に立とうとする意識を持った人、《上下関係を作り上げていないか》と常に自己点検をする必要を感じるという資質を持った人であることの現われなのだと、わたしは思います。
上は一見まわりくどい書き方をしていますが、高度なレベルで褒めているのです(笑)。


稲葉剛生活保護から考える』岩波新書(2013.11)はお勧めの一冊です。
ぜひ読んでください。

(付記: 「『生活保護から考える』のコストパフォーマンスは高い!(新書で安価なのに内容充実)」と、れっきとしたビンボー人であるわたしの保証付きです。ちなみに、稲葉さんにねだればくれそうな気もしたのですが、ちゃんと自分で買って読みました)

(※『生活保護から考える』を「Amazon楽天」で購入する)


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投稿者 kihachin : 2013年12月03日 12:00

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