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2014年01月07日

わたしは「いのちと尊厳の当事者アクティビスト」です(自称…)

猫の二階堂レオさん
(※猫画像はクリックすると大きくなります。本文とは関係ありません)


考えてみると、わたし(中村順)は2014年に入ってから毎日のように…ではなくて文字通り毎日、野宿している人・公園でテント住まいの人・河原に小屋掛けして暮らしている人たちとお話しています。
ただこれは「支援活動」ではないんですね。
わたしがしているのは、主にニャンコの話をしたり、とりとめのない雑談に耽(ふけ)ったり、ときには支援どころか逆にご馳走になったり…。
という感じなので、逆に「支援されている」「助けられている」要素が多いようです。
まあこれは正月だけのことではなくて、普段も同様ですが。


数年前からわたしは生活保護制度の改悪に反対する運動に(たまたまご縁があって)参加しています(「STOP!生活保護基準引き下げ」アクション)。
ここでもやはり制度利用者(元利用者)の人たちに「助けられている」、そして「お互いに助け合っている」という感覚が強くあります。

生存権行使者」さん・メッセージクロスの「M」さん・「N」さん・T田さん・野上健次郎さん・和久井みちるさん…そのほか大勢の方たちから、わたしは支援をいただいています。
そしてこちらからも少しはお役に立てればいい、ささやかながらも助け合いのネットワークを築ければいいな、と思っているのです。

と、ここで誤解を避けるために付言しておきますと、わたしは「支援」を否定しているわけでは全然ありません。
支援活動および支援者は──公的なものも民間のものも──社会にとって不可欠なものだと思いますし、そういう活動に従事されている方たちには心からの敬意を表します。


ところでわたしも以前は「支援」や「ボランティア」を試みたことがあります。
それでいろいろ試してみた過程において「どうも、自分には向かないぞ…」「ハッ! よくよく考えたら、わたし自身が『当事者』そのものではないか!」「ならば自分は徹底的に『当事者運動』でいこう」という再認識がありました。

加えて自分は(いつも繰り返しているように)「人が集まっている空間が大の苦手」「そもそも人と接するのが苦手」ですから、「支援」「ボランティア」みたいなことにはどうしたって不向きなヤツだろうとも思います。

苦手なこと・やりたくないことはやらない。
わたしはただ自分のできること・やりたいことを一つひとつ実践するのみ。
と、これも毎度繰り返しているワンパターンの我が台詞です。


このごろは、ニャンコもヒトもあらゆる生命(いのち)を肯定する、大乗仏教の思想に心惹かれるようになりました。
わたしが(たまたまご縁があって関わっている)運動は全て「いのちを大切にする」という基底で共通しているようです。
意識していたわけではありませんが、自然とそうなりました。

そういうわけで、今わたしは「いのちと尊厳の当事者アクティビスト」なのです(自称…)。


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投稿者 kihachin : 2014年01月07日 12:00

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