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2014年02月04日

【動画】辛淑玉さん「わたしは宇都宮けんじさんが大好きです!」

東京都知事選挙 渋谷フェス 宇都宮けんじ応援演説 辛淑玉


辛淑玉さん(しん すご/「のりこえネット」共同代表)の熱い応援スピーチから(2014年02月02日、東京・渋谷駅ハチ公前)。

私(辛淑玉)は声をかけました。「宇都宮さん、いっしょに「のりこえネット」をやってくれないだろうか?」。彼はふたつ返事で OK してくれました。一票にならない人間のために声を上げてくれる人がいままでいたでしょうか? 「人権」は好きだけれど、「当事者」が嫌いな人たちがいっぱいいました。そして「ウソばっかり」の政治の中で、半径300メートルの中で「あんたもわたしもいっしょに生きていく」という、これを実際に行動に移してくれたのは、わたしの隣りにいる宇都宮さんです。わたしは宇都宮けんじが大好きです! 一票ないけど、わたしは彼を応援します。みんな、よろしくね。そして、いっしょに生きていこうね。


辛淑玉さんのスピーチ書き起こし。「宇都宮けんじブログ」から。

 在日朝鮮人三代目の辛淑玉です。
 私は宇都宮けんじさんが大好きです。
 私はここに一票持っていません。一票持っていない私は、宇都宮けんじさんの応援に来ました。そして、この人が東京都知事になってくれなければ、私たちの明日はない、あなたと私の明日はない、と思っています。

 渋谷は私の生まれたまちです。私は東京都渋谷区で生まれました。母も渋谷で生まれました。そして、私はこのまちをずっと歩いてきました。私はこの後ろにある都立第一商業高校に入りました。そうなんです、ここから歩いてすぐです。
 なぜその学校に入ったのか。朝鮮人でも商業高校を出たら就職できるって言われたんです。高校一年のとき、一生懸命頑張って勉強しました。簿記もやりました。今は電卓だけど、当時はソロバンです。ソロバンもやりました。だけど在日で就職している人は一人もいませんでした。
 そして私は学校に行くのをやめました。で、このまちを徘徊しました。貧乏は苦しいと思いました。高校に行くために、900円の授業料を出すというのは、私にとってはとても大変でした。夜は焼肉屋でアルバイトをし、昼間は学校に行ったり行かなかったりし、そして朝は新聞の配達をし、空き缶を集め、ビール瓶を集め、1個5円でした。それを換えてなんとか生きてきました。その裏にあるパン屋さんには、これで何が食べられるかと思いながら、歩きました。

 貧乏は辛いです。そしてその貧乏な私たちのような生き方を、今の若者に、この国は強いています。明日がない。仕事がない。先だって冷凍食品に農薬を入れた人は、年収が200万円だと聞きました。手取りにしたら16万円くらいです。それで生きていくというのは、とても大変なことです。50歳近くになって、非正規で。そんな世の中にしたのは、今の政権であり、今までの政権であり、そして、それを見て見ぬふりをし対立を煽ってきたのは、東京都知事たちです。

 2000年の石原慎太郎東京都知事の「三国人発言」のときに、私はそれに向かって声をあげました。石原知事はこのとき、「もし大震災が起きたときに、三国人たちが騒じょう事件を起こす。だから自衛隊よ、出てきてくれ」と言いました。つまり、朝鮮人たちは悪いことをするから、殺してくれと言ったわけです。それに対してNOの声をあげました。

 私はこの土地で生きています。そして日本の人たち、日本の国籍を持った人たちと生きています。日本の国籍を持った父、そして朝鮮の母、さまざまな子たちがこのまちで生きています。
 東京というのは、とても懐の深いまちです。私をここまで育ててくれました。その東京が、どんどん壊れていきます。見てください、あなたと私を喧嘩するように、この東京はずっとやってきたんです。

 そうではない、あなたも生きて、私も生きて、あなたも私も貧乏は嫌です。あなたも私も一緒にご飯を食べていきたい。高校を出たら就職したい。そして自分が一生懸命働いたら、生きていけるだけの、生活をできるだけのお金が欲しい。でも、働いても働いても先がない。

 「なんであなたは会社の経営者になったの?」ってよく言われます。私は会社の経営を30年やりました。なんでなったのか。就職できないからなったんですよ。就職できないから社長になったんですよ。
 もし私が、もしここがもっと差別のない東京であったなら、もし女として生まれなかったら、もし朝鮮人として生まれなかったら、私にはもっと違う人生があっただろうか、と思うときがあります───だけども私はこの土地で、朝鮮人として、在日の三代目として、そしてここで生まれてここで育ちました。

 そして今、東京は、ヘイトクライムの、レイシズムのメッカになりました。「良い朝鮮人も、悪い朝鮮人も、殺せ」という言葉が、毎週毎週、東京のまちを覆っています。私は殺される対象になりました。だけどもここは私の故郷です。出て行けと言われても、ここが私の家であり、ここで私は生きていて、ここで私は飯を食べ、ここで私は恋をして、ここで私は今、生きているのです。

 私はレイシズムに対して、「のりこえねっと」というネットワークを立ち上げました。私はなぜ立ち上げたのか。私たちと一緒にこの国を、この土地を、この渋谷を、この新宿を、そういうレイシストのまちにしたくないと言って、声をあげてくれた友だちがたくさんいるからです。その人たちの後をついていきたいと思いました。

 そして、私は、そのときに声をかけました。
 「宇都宮さん、一緒に『のりこえねっと』をやってくれないだろうか」
 彼は二つ返事でOKしてくれました。

 一票にならない人間のために声をあげてくれる人たちが、今までいたでしょうか。人権は好きだけど当事者が嫌いな人たちがいっぱいいました。そして嘘ばっかりの政治の中で、半径300メートルの中で、あなたも私も一緒に生きていくという、これを実際に行動に移してくれたのは、私の隣にいる宇都宮さんです! 私は宇都宮けんじが大好きです。一票ないけど、私は彼を応援します。
 みんな、よろしくね。そして、一緒に生きていこうね。


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投稿者 kihachin : 2014年02月04日 08:00

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