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2014年06月06日

片柳弘史神父の雀写真

片柳弘史さん(かたやなぎ ひろし/カトリック・イエズス会司祭〈神父〉)が撮影する写真のファンです。
特に雀さんたちの写真がキュートです。

片柳神父のブログ「道の途中で」

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なにはともあれ、片柳弘史神父のブログを覗いてみてください。

雀の親子

フォト・ライブラリー(444)公園のスズメたち~巣立ちの季節2

写真に加えて、片柳神父の言葉にも惹かれます。
最近では、たとえば次の文章。

 自分のことしか考えず、人を傷つけるような正しさは、どんなに正しかったとしても誰の心にも響きません。正しいのだから何を言ってもいい、自分は正しく相手は間違っているという態度は、たとえ正しかったとしても真理に背くものなのです。ただ正しいだけ言葉ではなく、愛から生まれた真理の言葉を話すように心がけたいと思います。 (「祈りの小箱(148)『真理の言葉』」から)

自分のことしか考えず、人を傷つけるような正しさ》って、まさにわたし(中村)が陥りやすい「正しさの罠」だよなあ、と…。

片柳弘史さんはブログに加えて TwitterFacebook もされています。
どちらも気軽にフォロー(友達申請)してくださいとのことです。
ちなみに片柳神父の Twitter は「フォロワー」より「フォロー」が多いですね。
これはおそらく、イエスの言葉《受けるよりは与えるほうが幸いである》(『新約聖書』「使徒言行録」20.35 新共同訳)を実践されているのだろうと思います(ご本人に確認したわけではありません。わたしの想像です)。
で、わたしも勝手に影響を受けて、自分の Twitter も「フォロワー」より「フォロー」が多い状態をキープするようにしています(※)
ささやかながら、わたしも福音の実践??

(※片柳神父以外にも、わたしが知っている牧師さんたちに Twitter での《受けるよりは与えるほうが幸いである》実践をされている方が何人かいます)

ということを言いつつ、わたしは「非キリスト教徒」なのですが…。
聖書も近年になって、ボチボチと読み始めました。
それで改めて思うのですが、自分にはやっぱり仏教的な「草木国土悉皆成仏」という感覚が強くあります。
五木寛之さん(いつき ひろゆき/作家)の口吻をお借りしつつ言うと、わたしは「聖書を読むのが好きな──苦しい時に聖書を読むことで「救われる」という感覚を持つ、日本的な神仏混淆の大乗仏教徒かな?」と思います。

ところで。
カトリックでは「宗教改革」ではなくて「教会分裂」というと、ものの本で知ったのですが…。
知り合いのカトリックの方──野宿者支援を熱心にされている──から「自分の知る限りでは、カトリックの人もふつうに『宗教改革』という言葉を使いますよ。プロテスタントを敵視するということも全然ありません」とお聞きしました。
なるほど。
ヨーロッパ諸国、イギリス、アイルランドなどではカトリックとプロテスタント間で流血の争いがあった──今でもある──ので、難しいものがあるでしょうけれど、日本にはそこまでの深刻な対立はないでしょうね。

「非キリスト教徒」のわたしが端(はた)から見ていると、カトリックには「懐の深さ」があるように思います。
ある意味、琉球語の「てーげー」にも合い通ずるところがあるような?
わたしはモノゴトをあまり突き詰めず、日頃から「まあ、お互いに(ヒトもニャンコもワンコもその他も…)いのちを大切にして生きて参りましょう」くらいに思っています。
そういうこともあり、カトリックの「懐の深さ」にはちょっと惹かれるところがあります。

片柳神父のブログ「道の途中で」

「喜八ログ」のキリスト教に関連する記事(の一部)です。

Amazon : 片柳弘史


投稿者 kihachin : 2014年06月06日 08:00

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