【お勧めの本】深尾葉子『魂の脱植民地化とは何か』青灯社(2012) 更新!

« 【動画】「生活保護の住宅扶助基準引き下げの動きに関する記者会見」(3本) | メイン | 「NPOもやい」サロンにっきで『二階堂さんたちの物語』初日(7/19)を紹介していただきました »


2014年07月24日

生活保護改悪とは、民主主義と立憲主義の「終わりの始まり」

生活保護改悪とはなにか?
民主主義社会・立憲主義国家の「終わりの始まり」なのです。

スポンサードリンク

生活保護の問題となると「自分には関係ない」と思われている方も少なくないようですが…。
じつはそうではありません。

生活保護基準はさまざまな公的制度と連動しています。
住民税の課税最低限・就学援助・公営住宅の家賃・保育料・障害者福祉サービス利用者負担金の軽減・高額療養費制度における自己負担医療費の上限額・国保料(税)の減免・介護保険料の減免・後期高齢者医療の保険料、窓口負担の軽減・最低賃金などなど…。
生活保護が改悪されれば、それを利用していない多くの人たちにも負担増がのしかかるのです。
生活保護基準引き下げは「低所得層を狙い撃ちにした増税にも等しい」と指摘する声もあります。

2012年05月、一部自民党国会議員らにより「生活保護バッシング」が開始されました。
或るタレントの親族が「不正受給していた」と大騒ぎが演出されましたが、福祉事務所勤務経験者や弁護士などの専門家により「当該のケースは不正受給ではない」ことが指摘されています。
そして、その後成立した自民政権により「生活保護制度の改悪 ⇒ 社会保障制度全体の劣化」政策が確実に進められています。
「生活保護バッシング」というヘイトキャンペーン〈憎悪扇動〉を行なった議員らは「確信犯」だったと言わざるを得ません。

彼/彼女ら「憎悪扇動者」たちのほんとうの狙いはなにか?
「99%の人の人権を制限すること」であり「現行憲法の破壊 ⇒ 国民主権・基本的人権の尊重・平和主義・立憲主義をやめる」であるとわたしは思います。
これは「陰謀論」などではありません。
安倍晋三首相始め自民議員らは自分たちの意図をまったく隠していませんから。
堂々と公言し続けています(よほど度胸があるのか? まったくの無知無教養なのか?)。

「公言」のいちばん顕著な例は2012年04月に発表された自民党憲法改定案です。
自民が目指す「新しい日本」の国のかたちとは?
想田和弘さん(そうだ かずひろ/映画監督)が『日本人は民主主義を捨てたがっているのか?』岩波ブックレット(2013)で、自民党改憲案を要約されています。
国民の基本的人権が制限され、個人の自由のない、国家権力がやりたい放題できる、民主主義を捨てた全体主義の国》であると(同書28頁)。

日本人は民主主義を捨てたがっているのか?
想田和弘『日本人は民主主義を捨てたがっているのか?』岩波ブックレット(2013)

もし国民がこのような安倍政権を支持するのなら、「国民主権・基本的人権の尊重・平和主義・民主主義・立憲主義をやめる」ことに賛意を示したことになります。
それは「集団的自殺行為」ともいうべき、大愚行ではありませんか?
同胞の皆さま、自分や大切な人たちの「いのちと尊厳」を自ら破壊するような、バカバカしいことはやめましょうよ。

ちなみに、時系列順に整理してみると、
自民党憲法改定案が発表されたのが2012年04月、
「生活保護バッシング」というヘイトキャンペーン〈憎悪扇動〉が始動したのが翌月の05月です。
また、バッシングの「尖兵」役をつとめた片山さつき参院議員は自民党憲法改正推進本部起草委員会の委員の1人です。

その片山さつき議員は、2014年12月07日には Twitter で次のような驚くべき発言をしています。

国民が権利は天から付与される、義務は果たさなくていいと思ってしまうような天賦人権論をとるのは止めよう、というのが私たちの基本的考え方です。国があなたに何をしてくれるか、ではなくて国を維持するには自分に何ができるか、を皆が考えるような前文にしました!
2012年12月7日 - 12:37

これは自民議員らによる「堂々と公言(よほど度胸がある? まったくの無知無教養?)」の一例に過ぎません…。

さて、そろそろ「結論」らしきことを(※最初にタイトルと冒頭の文章で申し上げていますが)。

生活保護改悪とはなにか?
民主主義社会・立憲主義国家の「終わりの始まり」です

わたし(中村)は、たまたまご縁もあって、そこに気づいてしまいました。
生活保護改悪反対運動に──まったくの手弁当(出費するばかり!)で──参加しています。
わたしにとって、生活保護改悪反対運動にかかわるのは、一種の「税金(※おカネでなくて行為で払う)」みたいな感覚もあります
ただ、運動の側の力不足もあって、「生活保護改悪は、社会全体の問題」という認識を拡げることが充分にはできていないのですが…。

「生活保護バッシング→社会保障制度そのものの改悪」とは、人々の「いのち」や「尊厳」よりも「国家権力の自由」や「経済」が優先され、「国民の基本的人権」などは容易に制限することができる、そのように考える者たちによるディストピア運動です。
生活保護制度改悪は「皮切り」に過ぎず、彼女/彼らの真の目的は「99%の人の人権を制限すること」でしょう。
その先にあるのは「この世の地獄」とも形容すべき惨憺(さんたん)たる世界です。
彼/彼女らは確たる信念があって、そういった方向に社会・国家を進めているわけではなく、ただ単に「流行」に従っている?
そんな軽薄きわまる人たちのようにも見えます。

今後もわたしは「人々のいのちと尊厳をおろそかにする社会はきわめて危険な事態──虐殺・戦争など──を招きかねない」「いのちと尊厳を大切にする社会を築く」ということを、諦めることなく「しつこく」主張し続けていきます。
わたしは「正しい人」や「善人」になろうとは思っていません。
ただ「いのちと尊厳を大切にする人」でありたい。
そして自分のできる・やりたい──ささやかな──ことを、ひとつひとつ実行するのみです。

Amazon : 想田和弘


投稿者 kihachin : 2014年07月24日 08:00

« 【動画】「生活保護の住宅扶助基準引き下げの動きに関する記者会見」(3本) | メイン | 「NPOもやい」サロンにっきで『二階堂さんたちの物語』初日(7/19)を紹介していただきました »



トラックバック

このエントリーのトラックバックURL:
http://kihachin.net/klog/mt-tb.cgi/5308