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2014年09月24日

「つかれた、さみしい」

疲れた、淋しい
と口に出していってみる、秋ぞ深まる
(自由律俳句?)

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疲れた、淋しい」は「自分の弱さの情報開示」であり、実際わたし(中村)はいま疲れていて淋しいわけですが。
夏の疲れが「どっ」と出やすい秋から冬にかけては、いろいろな意味で「自愛」が必要な時期なんでしょうね。
知り合いにも疲労を覚えている方が少なくないように見受けられます。

こういうときは、我が経験からいうと、「人間関係が壊れやすい」というリスクが高まります。
疲れているので、むしゃくしゃする(※ちなみに「むしゃくしゃ」は警察用語?)。
それで、つい感情的な言葉を口に出してしまう。
その言葉が向かった先の相手も、疲れていてむしゃくしゃしている。
結果として、感情的な言葉の応酬になり、関係性が壊れてしまう…。

二階堂レオさん、大あくび

わたしはもともと「縁のない人とは縁がない」「無理に人と仲良くしようと思ってもムダ。たまたまご縁があり知遇を得た人たちを大切にする」「去る者は追わず、あっさり忘れる」がモットーの、ある意味醒(さ)めた奴なのですが。

疲れが要因で人と人との縁が切れてしまう、のは「もったいない!」というべきでしょうね。
でも、わたしは過去に以上のようなことを何度も経験してきました。
というわけで、貴重な教訓。
疲れているときこそ、自重し、自愛し、人(および猫)との関係を大切にするべき」。

さて、疲れているときはどうしたらよいのでしょう。
第一に「疲れはけして異常なこと、悪いことではない」と認識する。
これはたった今気づきました(ブログを書くことの効用でしょうか)。
疲れているのは「異常」なことではなく、疲れていないのが「正常」でもない。
自然が「お前は疲れているのだから、少し休みなさい」と告げてくれているのです。

ちっぽけな自分もまた自然の一部であり、そんなわたしが「大いなる自然」に逆らっても意味はありません。
休みましょう、サボりましょう。
「完全休養」するほどは疲れていないので(たぶん)、日々の仕事はしつつ、不必要なところでのエネルギー消費を抑えつつ、運動(ウォーキング、筋トレ)も行ないつつ、食事に気をくばり(充分な栄養をとりかつ、食べ過ぎず)、「休む」ことにします。

わたしは性格が雑(ざつ)で、日常のあらゆる部分で粗雑に振る舞ってしまいがちです。
それで「失ってきた」ところも多大なのでしょう。
疲れているときこそ、自分と他者(ネコも含む)を大切にして、丁寧に生きる」。
疲労を覚えているときは、それこそ「一挙手一投足(いっきょしゅいっとうそく)」にわたって、「丁寧」を心がけることにしたいと思います。
そんなことに気づかされることもまた、「疲れの効用」なのかもしれません。


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投稿者 kihachin : 2014年09月24日 08:00

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