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2014年11月24日

新聞配達少年だったころ

わたし(中村順)が初めて「仕事」をして、おカネを稼いだ職種は「新聞配達」です。
高校1年生のとき、10月から翌年1月にかけてのアルバイトでした。

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いまにして思えば、いきなり新聞配達とはハードな選択でしたね。
16歳のわたしには、適当なアルバイトを見つけるだけの世間知もなかったんです。
通っていた高校のすぐ近くに「朝日新聞」の大きな販売店がありました。
事前に電話連絡もせず、直接行って「アルバイトはできますか?」と申し出る。
ひよわな少年(※当時のわたしは体重が40kg台)を前にして、新聞販売店の人は危ぶんでいるようでしたが…。
数日後「採用」の電話がありました。

新聞配達をした動機は「家計を助けるため」というような殊勝なものではありません。
あくまで自分の「趣味」「道楽」のためです。
ロックバンドがしたい!」という強い欲求にとらわれ、エレキギターが欲しくなり。
でも、親に買ってもらうという選択肢はアタマに浮かばず。
とにかくアルバイトで稼ごう、と。
このへんは若干「殊勝」かな? と思います(笑)。

配達を開始すると、毎朝4時に起床。
そそくさとご飯を食べて、自転車で販売店まで行き、すでに組んである新聞のセットを受けとり、配達する。
本来は、配達する順番に組む「セット」は自分で行なわなければならないのですが…。
販売店主の中年男性が「高校生にそこまでやってもらわなくてもいいから」とやってくれたのでした。
それだけでなく、この店主さんは親切ないい人でした。
改めてしみじみと、そう思います。

新聞配達でいちばんキツイのは「雨」でした。
それも運の悪いことに、わたしが仕事に入ったその10月は雨天がとても多かった!
いまだにしっかり覚えていますが、月のうち20日以上も雨降りだったのです。
新聞は濡らしてしまったら「商品」とは言えなくなります。
濡らさずに、自転車で運搬して、各家庭に配る。
この作業はやった者だけにしか分からない困難があります。
早朝4時に起きて、雨が降っていると、大袈裟でなく「泣きたく」なりました。

雨の10月が過ぎ、秋も深まり、冬に入り「寒さ」も厳しくなっていきました。
12月になると、家を出るとき軍手を2枚重ねしても、指先が痛くなるほど、冷えます。
また、当時のわたしはガリガリに痩せた少年だったので、耐寒性は乏しかったんですね。
空が青く晴れ渡った朝ほど、冷え込みが厳しい。
これが「放射冷却」現象であることは、後に知りました。

当初は10月・11月・12月の3ヵ月間限定のアルバイトの予定でした。
が、新聞配達店主(いい人)に「正月は配達員にとっていちばん大変なときだから」と懇請され、正月期間が終わってから、辞めることに。
この正月作業がまたキツかった!
ふだんの数倍にもなる量の新聞(および広告)。
重いし量があるので、到底いっぺんに運ぶことはできません。
何度も販売店に戻って、新聞セットを補充しながらの配達。
新聞配達アルバイト期間を全終了したわたし(繰り返しますが16歳の高校1年生)は心底ホッとしました。

それで、稼いだおカネはエレキベースギターとベースアンプとなりました。
東京・御茶の水「下倉楽器」で「フェルナンデス」というメーカーの「ジャズベース」新品を購入。
定価は6万5千円で、買値はたしか5万円くらいでした。
ベースアンプは近所の質屋で中古品(1万円)を入手。
じつは、この時点でわたしは楽器がまったく弾けなかったのですから、無茶というか「すっとんきょう」な話です。

高校2年生時、秋の文化祭で「第1回○○高校ロックフェスティバル」なんてものを開催し、わたしが初代実行委員長となりました。
それまで「先輩」たちは「教師の目を盗んで、ロックを演奏しちゃおう」という発想だったようです。
そこを「正面から堂々と企画書を提出する」戦術に出たら、あっさりと了承されたのでした。
ほかに引き受ける人がいなかったので、わたしが実行委員長に(率先してなったわけではありません)。
というお話しとなりますが、それについてはまた別の機会に…。

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投稿者 kihachin : 2014年11月24日 08:00

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