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筋力トレーニング嫌い

ボチボチいきましょう(猫)

筋力トレーニングは楽しい

最初にお断りしておきます。「筋力トレーニング嫌い」というタイトルですが、実際には「筋力トレーニング(ウエイトトレーニング)は楽しい」ということを書いています。「筋トレは身体に悪いからやめよう」などという(誤った)方向性をもつ記事ではけっしてありません!

とはいえ。じつのところ私(喜八)は長いあいだ「筋力トレーニング嫌い」で通していました。「実用的なパワーは筋トレではつかない」「しかめっ面で重いものを持ち上げて何が楽しいのだ」などと憎々しいことを言って、筋力トレーニングを忌避していたのです(汗)。

けれども、本音の部分では大いに興味があったのです。筋力トレーニングにも筋肉にも。それなのに自分が大の苦手としていた分野だったので興味がない振りをしていたのです。イソップ童話にでてくるキツネくんのように(「キツネとぶどうのふさ」)。

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筋力コンプレックス

子供のころから全身の筋力が平均以下であったことが大きなコンプレックスとなっていました。運動会の徒競走では常にビリを争う。ソフトボールでは肩が弱い上に内野ゴロしか打てない。体力測定では垂直跳びと握力が大の苦手。鉄棒の逆上がりができない。さらには泳げない。運動会と体育の時間は嫌いでした。

つまり根強い「筋肉コンプレックス」があったため、長じてからもなかなかジムに足を運べなかったのです。恥ずかしかったのです。筋肉隆々の凄い人たちのあいだで、貧弱な身体の自分がトレーニングを行なっている姿を想像しただけで足がすくみました。

意を決してバーベルやダンベルを使ったフリーウエイトのウエイトトレーニングを開始したときには、既に40歳と7ヵ月となっていました。なんとも遅いスタートです。トレーニング系サイトの管理人さんの多くが十代に筋トレを開始しているのとは対照的ですね。

結果からいうと、「中年」に達し面の皮も厚くなって、ようやくジムに行くことができたのでした。昔は「筋力トレーニング嫌い」、今は好きだけれども得意とはいえないレベル。「下手の横好き」というところでしょう。

若い人の中には「恥ずかしくてジムへ行けない」という人が少なくないのではないかと思っています。これは自分の経験からも言えますし、当サイト「ウエイトトレーニングを楽しむ」を運営しているうちに得た印象でもあります。ジムへ行くのが恥ずかしいので自宅トレーニングを志向する、という人も少なくないのではないでしょうか。

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ダンベル・バーベル・筋トレ器具

筋トレ嫌いの原因

さて「筋力トレーニング嫌いは何故生じるか?」ということを考えてみました。

自分の場合、まっさきに思い当たるのが、学校の体育の授業とクラブ活動です。筋トレにおいて「腹筋100回・腕立て伏せ100回」を全員一律で行なうような「悪平等」システム。あれが諸悪の根源であると思えるのです。

いまなら自信をもっていえます。筋力トレーニングは個人個人に合わせメニューで行わないと意味はない! 前述の「全員一律:腹筋100回・腕立て伏せ100回」を例にとると、これでは筋力レベルの高い者には負荷が軽すぎることになり、低い者には拷問のような苦しみとなります。つまり一握りのたまたま「腹筋100回・腕立て伏せ100回」に合った体力の者のみに効果的なやり方なのです。

さらには苦手なことを無理にやらされたという屈辱の記憶が残ることになる。青年期の若者にとって「自分は弱い」ということを皆の前で晒し者にされるのは大変な苦痛でしょう(歳をとると皆さん忘れてしまうようですが)。

身体能力、特に筋力は先天的な個人差が大きいのです。ある者は特に努力したわけでもないのに生まれつき握力が強くて足が速い、ある者は相当な努力をしても握力も走力もなかなか向上しない・・・。

見栄を捨てる

ところで最近は高齢者のパワーリハビリが流行りつつあるようです。厚生労働省も高齢者の筋トレに乗り気なのだとか。おそらく利権がからんでのことでしょうけれど(なんて考えるのはイジワルか?)。

パワーリハビリの経験者に聞くと「楽しかった」という声が帰ってくることが多いそうです。皆が皆ではないでしょうけれど、筋力トレーニングを純粋に楽しまれている高齢者が少なくないのだと聞きます。

これはリハビリ指導者が、各人のレベルに合わせ軽い負荷からトレーニングを始めるようにしているということも一因となっているのでしょう。が、最大の原因は、高齢者になると肉体的に見栄をはる必要がなくなることにあるように私には思えます。

仮にマシンの一番軽い負荷がせいぜいであったとしても「ハハハ、俺も弱くなったな」と笑って済ますことができる。腕立て伏せが1回もできなくとも「恥をかかされた」という屈辱を覚えなくてもいい。これが高齢者の強みではないかと思うのです。

つまり見栄を捨てればいいのですね。見栄がなければ「筋力トレーニングは楽しい」という当たり前の事実が分かるようになる。我々は動物なのですから、身体を動かすことに快感を覚えるのはごく当然のことなのです。

筋力トレーニングを楽しむ

その人それぞれの筋力レベルに合わせさえすれば、筋力トレーニングは誰にでも行なえます。さらには生きてゆくうえで必要不可欠なことでもあります。誰でも筋肉を使って生きているのですから、筋力の低下は生命力の低下に直結します。

現在の自分の力を自覚する。そこから少しずつ進歩発展してゆく。自分なりの目標を立てて、目標を達成するための努力をする。これらを実行することで精神的にも深い満足感を得ることができるのが筋力トレーニングの醍醐味でもあります。

ところで私の体験に戻ります。40歳を過ぎてから生まれて初めてジムに行き、気づいたことがあります。ジムには凄い人ばかりいるわけではないのです。弱い人でも堂々とトレーニングをしています。また筋力が弱いからといって馬鹿にされるわけでもないのです。

とはいえ、実際には自分の強さを鼻にかけて、弱い人や初心者を馬鹿にする「上級者」もいるかもしれません。が、そういう人の近くには行かないようにすればいいのです。下手にお近づきになって威張られるのでは面白くありません(笑)。

「ベンチプレスの超人」こと岩崎輝雄先生は、たとえ筋力レベルが高くとも初心者に対して心ない発言をする人たちのことを「デクノボー」と呼んではばかりません。先生に倣って、威張りやさんのことは「デクノボー」と呼びましょう(ただし心の中で)。

有名なボディビルダーや格闘家にも「ひよわだというコンプレックスを解消したかった」という動機でトレーニングを始めた人が非常に多いと聞きます。強者の世界でも最初から充分に強いという人は少数派なのかもしれません。

現在の自分が弱かったら徐々に強くなっていけばいい。強くなるのは簡単なことではないかもしれないけれど、諦めずに続けてゆけば誰でも今以上には強くなれる。これが筋力トレーニングの楽しさだと私は考えています。

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(喜八 2005-06-14、改訂2006-12-06)

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