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頑張らない人たち(前編)

最近になって、ある疑問を抱き始めました。ひょっとしたら「頑張らない」は過激思想じゃないかと。

2001年3月頃から「頑張らないトレーニング」を提唱しています。それからずっと飽きもせず「頑張りません」と言い続けていますが、賛同者はまったく得られません。
ホームページ製作の相棒 SATO さんからもたびたび「頑張りましょう」と励まされてしまいます(笑)。

もちろん、SATO さんと私の意見が違ってもよいのです。人はそれぞれ考えていることが異なるのが当たり前ですから。ひとりひとりの顔がみな違うように。
けれども「頑張らない」仲間がいないのは淋しい・・・。

孤立無援の私は外部に助けを求めることにしました。すると次々と強力な「同志」を発見することができたではありませんか。「頑張る」という日本語を嫌う人は、少数ですが確かに存在するのです。

以下の文章で、それらの人たちを紹介します。
最初は魚柄仁之助さんからです(順番にはあまり意味はありません)。

日本人が好んで使う言葉に「ガンバってネ」っちゅうのがあるけど、ありゃようないですのう。グータラしちょるように見えるひとでも、もしかしたら、その人にとっては精いっぱいなんかもしれんですよ。
自分ならもっとガンバれる・・・・・・と思って「ガンバってネ」と声をかけるでしょうが、その人の体力ではいっぱいいっぱいかもしれんです。
(『インゴーでゆこう!』魚柄仁之助、大和出版、2001)

● 魚柄仁之助さん。1956年福岡県生まれ。「台所術研究家」として活躍されています。
『元気食 実践マニュアル155』文春文庫PLUS(2001)、『うおつか流台所リストラ術―ひとりひとつき9000円』講談社プラスアルファ文庫(2001)など多数の著書があります。

長髪とヒゲ、かつてのヒッピーのような平和主義者という印象の魚柄さんは、ギタリスト、ペーパーナイフ作家でもあり、かつては自転車店や古道具屋も経営されていました。手がけたビジネスをことごとく成功させている凄腕の起業家でもあります。

魚柄式「台所術」は伝統的な日本食を基本として「1.身体にいい。2.おカネがかからない。3.時間も節約できる」というもの。
高カロリー、高たんぱく、高脂肪、低食物繊維という現代型食生活の危険性には警鐘を鳴らし続けています。

このところ「スローフード運動」が話題になっています。北イタリアの小さな町から世界中に広まりつつあります。単なるアンチ・ファーストフードと誤解されている面もあるようですが、実際には経済効率第一主義のもとに圧迫されている「人間らしさ」を取り戻そうという視野の広さを持つムーブメントです。

魚柄さんは時代を先取りして、日本において独自のスローフード運動を実践されていた人であるといえるでしょう。物静かな印象の外見に反して、内面には現在の日本の食生活への激しい憤りがあるようです。


頑張って、頑張って、頑張ってきた結果が今なんでしょ。
新しいことをしようとするなら、頑張らないこと。
頑張る人を美しく表現することは、頑張れない人に×をつけ、頑張らなければならない構造を温存させる。なんとも残酷な言葉だ。
(『在日コリアンの胸のうち』辛淑玉、光文社、2000)

● 辛淑玉(しんすご)さん、1959年東京生まれ。在日コリアン3世。
「頑張る」という日本語は大嫌いだと、繰り返して発言されています。その姿勢には怨念さえ感じさせるほどです。

小学校低学年にしてすでに牛乳や新聞の配達をして家計を助けていました。その後も猛烈に働き続け、26歳で人材育成コンサルタント会社「香科社」を設立しました。現在同社代表。

思ったことをはっきりと発言するため、敵が多い人でもあります。ウェブでバッシングを受けることではナンバー1だと聞きました。また脅迫電話を受けるなどは日常茶飯事とか。しかし、それらの攻撃に決してひるむことのないファイターです。

図抜けた能力と馬力の持ち主である辛さんがビジネスだけに専念するのなら、目も眩むような大成功を収めることも夢ではないでしょう。それなのに多くの人にとって耳が痛くなる発言を続け、結果として憎まれることも少なくない。

あえて損を覚悟で闘い続ける辛淑玉さん。
その目指すところは・・・、あらゆる人が、国籍、民族、出身地、性別、障害のあるなし、などによって差別されることなく、平和に暮らすことができる社会を築くこと。

端的に言えば、きわめて高い志をもつ人です。


● 安積遊歩(あさかゆうほ)さん。1956年福島県生まれ。
「がんばらない」と題するエッセイを雑誌「週刊金曜日」に1月に1回のペースで連載(2002年5月24日発行412号〜同年12月6日発行439号。全6回)。

骨形成不全症」という障害のある方です。この病気の人は、カルシウムの摂取ができなくなるため、身体の成長が子供時代で止まることが多く、また骨折しやすいそうです。

障害をもつ人の自立をサポートする「CILくにたち援助為(えんじょい)センター」、障害をもつフィリピンのこどもたちを支援する「バタバタの会」の代表を務めています。その他にも大学で教鞭を執ったり全国各地で講演を行なうなど、車椅子で東奔西走されています。

安積さんは生後約40日にして重度の障害者であることを宣告されましたが、どんな局面でも、あきらめることなく戦い続け、多くのものを勝ち取ってきた人です。
ファイターという点では辛淑玉さんにも、けっして引けをとりません。

あるいは、もし、ノルウェーかスウェーデンに生まれていたとしたら、どうだったろう。私のガッツはとどまるところを知らぬパワーを生み、いまごろは大臣くらいにはなっていたかもしれない。
(『車イスからの宣戦布告』安積遊歩、太郎次郎社、1999)

こんなことを書いても嫌味にならないのは、安積さんが、人間性をあくまで肯定的に捉えるポジティプな精神の持ち主だからでしょう。
安積遊歩さんの「いちばんしたいこと」は「どの子もどの子もしあわせに、少なくともおなかをすかせず、愛してくれる人に囲まれて遊び、学べるような世界を」つくることだそうです。

(後編につづく)

(喜八 2003-02-08、改訂2007-01-06)

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頑張らない人たち(後編)

障害者はなんで頑張らなくちゃいけないの
「頑張る」という言葉は戦争を連想させる。
(『スロー・イズ・ビューティフル』辻信一、平凡社、2001)

● 宇宙塵さん。名著『スロー・イズ・ビューティフル』に登場する謎の賢人。上の二つは宇宙塵さんの言葉です。

重度の脳性マヒの障害がある方です。普段の生活の中で、障害をもたない人たちから「頑張って」と言われることが多いそうです。ごみを出しに行っても、近所の人から「頑張ってね」と言われてしまいます。

しかし、宇宙塵さんは断固として「僕は頑張らないよ」と宣言するのです。そんな自分とまわりの世界をくったくなく笑い飛ばしながら。

ぼくたちは健常者にも障害者にも、自分自身に対しても、「頑張れ」と言い、「頑張ろう」と言う、それも非常に頻繁に。(このことばを西洋語に訳すのが容易ではないところをみると、そこにはアジア、あるいは日本の文化的、社会的特性が関係しているかもしれない。
(『スロー・イズ・ビューティフル』辻信一、平凡社、2001)

● 辻信一さん。1952年東京生まれ。今度の引用は辻信一さんの文章からです。
15年以上にわたる海外生活を経て、現在は明治学院大学国際学部教員(文化人類学専攻)。南米エクアドルのミツユビ・ナマケモノを保護するNGO「ナマケモノ倶楽部」の世話人。
『日系カナダ人』晶文社(1990)、『ハーレム・スピークス』新宿書房(1995)などの著書があります。

『スロー・イズ・ビューティフル』は、洋の東西を問わず、速いこと、大きいこと、勤勉なこと、が唯一「正しい」ものであった時代の終焉を告げる一冊です。 肩肘張った主張を行なうわけでもなく心地よい言葉をもって、「スロー」に読む者に語りかけてきます。

宇宙塵さんと辻信一さんは気のおけない友人同士です。『スロー・イズ・ビューティフル』の中で二人が音楽を聴きながらゴロゴロして、酒を酌み交わす部分を読むとうらやましくなります。
過ぎ去ってしまえば2度と戻ってはこない貴重な「時間」。そのもっとも贅沢な使い方が示されているからです。


僕は「頑張れ」っていう言葉が大嫌いです。「かたくなに突っ張らかれ」ということですよね。全身に力をこめて、鬼のような形相で。
頑張るだけが人生じゃない。やっぱり志というか、何のために働くのか、生きる意味とかを考える時です。
(「東京新聞」2000/01/04朝刊、椎名誠)

● 椎名誠さん。1944年東京生まれ。言わずとも知れた人気小説家です。『アド・バード』集英社(1990)『わしらは怪しい探険隊』北宋社(1980)など多数の著書があります。

映画を製作し自主上映を行なう、テレビCMなどに登場する、などメディアへの登場が多い人です。そのためかタレント文化人的な扱いをうけることもあるようですが、小説家としても実力派です。前述の『アド・バード』は日本SF史に残る大傑作だと思います。

椎名さんといえば「女性に大変にモテる人」という印象があります。私(喜八)が20代の頃、東京都内の某大型書店で店員をしていたことがあり、椎名さんが何回か来店されました。あまりの格好よさに、同僚の女性店員が皆ぽうっとなっていました。

椎名誠さんが小説家を目指すようになったのは、小学生の頃に宮沢賢治作品を読み触発されたためだそうです。
その宮沢賢治を生んだ岩手県が2001年1月に「がんばらない宣言」を行ないました。

より人間的に、よりナチュラルに、素顔のままで新世紀を歩き始めましょう。それが岩手の理想とする「がんばらない」姿勢です。例えば、深い森を伐って最先端デザインのビルを建てるのではなく、濃厚な森羅万象に調和した木造りの民家を守ってこそ岩手らしいんじゃないか……そんな「共生」の意識こそが、岩手流「がんばらない」なのです。
(岩手流「がんばらない」の意味)

椎名誠さんは、2001年から岩手の応援団「銀河系いわて大使」になっています。どうやら、椎名さんと岩手県の間には、ある種の「共謀」があるようです(笑)。

視野を地球大に広げますと、唯一の超大国アメリカが主導する「グローバリゼーション」が多くの人を不幸にする危険をはらんでいることは、もはや常識と言ってよいでしょう。「そんなに急いでどこに行くのか?」「そんなに儲けてどうするのか?」

経済効率第一主義(平たくいえば、金儲け主義)が地球の存在そのものさえ危うくさせている。そんな時代に「がんばらない」宣言を謳う岩手県の先進性は明らかであると思います。21世紀の日本は岩手県がリードする時代となるかもしれませんね。おおらかな気持ちでゆったりと生きてゆくことを知っている人たちの時代に。


以上、「頑張る」という日本語に嫌悪を示す人たちを紹介しました。
こうしてみると意外なことに、頑張らない人にはファイターが多いのです。
(とりあえず岩手県民の方々を別にしますと)上に挙げた人たちは皆「人からはどう思われてもよい。自分は自分の好きなようにやる。邪魔をするものとは一戦も辞さない」という人ばかりです。

日本の社会ではお互いに「頑張ってください(頑張れ)」、「頑張ります」と言い合っていた方が、より楽に生きることができます。そのような社会の中で、あえて「頑張らない」と宣言するのは、社会の基本となっている価値観を否定する者と捉えられても仕方がない。

社会的に上位の階層にある人物から「頑張れ」と督励されたとき、「頑張りません」と答えたら・・・。自らの場合に置き換えて考えてみると、その困難なことはよく分かります。
例えば勤めている会社の社長から「頑張れ」言われたときにもし・・・。

「頑張らない」でいることには大変なエネルギーが必要なのです。そして世の中の大勢に無批判に従うことをよしとしない反骨精神も。

とは言え、私(喜八)はファイターではありません。単なるナマケモノです。エネルギーもいたって乏しい・・・。「頑張らないトレーニング」なんてウェブページをつくっているのも、ナマケモノのおのれをどうにかして正当化してしまおうという下心があるためです。

そんないい加減な気持ちで始めた「頑張らないトレーニング」。
しかし、つくづく考えてみると「頑張らない」は過激思想かもしれない・・・。
正直なところ「大変なことを始めてしまったな」というのが、現在のいつわらざる心境です(笑)。

(喜八 2003-02-18、改訂2007-01-06)

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