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猫の「喜八」

仔猫の喜八
家にきた直後の喜八(1992年5月撮影)

野良猫喜八

いまから11年ほど前のある日、近所の小学生が仔猫と遊んでいました。ところが、そのときの少年たちは猫をいささか乱暴に扱っているようでした。そこで彼らから仔猫を取り上げて「おじさんが親猫に返しておくから」と預かることにしました。

その時点で、仔猫が近所を縄張りとしている野良猫の子供だということは分かっていました。そこで母猫を訪ねて子供を返すことを試みました。仔猫は母親を覚えていていっきに駆け寄ります。しかし母猫は我が子を「ふーっ!」と威嚇して追っ払ってしまうのです。

哀れにも母親に拒絶された仔猫は今度は私の足元に必死になって駆け寄ってきました。「びぇー!」と泣きながら。
どうにも仕方がないので家で飼うことにしました。

これが猫の「喜八」です。

あとになって知りましたが、猫は我が子を匂いで判別するようです。長い間、親子離ればなれでいたため匂いが薄まり、自分の子供だということが分からなくなってしまったのでしょう。

喜八はてのひらに乗るくらいに小さな仔猫でした。体力が弱っていたので、すぐに死んでしまうかもしれないという不安がありました。が、私の心配も杞憂になって、丈夫な猫に育ちました。いままでほとんど病気もしたことがありません。

その後、インターネットでは「ハンドルネーム」というものを使うのが通例であるということを知ったとき、深くものを考えないというか何も考えずに猫の「喜八」の名前をそのまま流用しました。

じつは猫の喜八に命名するときも、通勤電車の窓から「喜八寿司」という看板を目にして、なんだか調子よく感じたのでそのまま採用したのです。このときも何も考えていませんでした。


夢の中で

猫の喜八がでてくる夢をよく見ます。そこでは喜八は実際の仔猫のころよりさらに小さく、小指の先くらいのサイズだったりします。「ちょっとでも目を離したら死んでしまう」と心配したころの私の心理が投影されているのでしょう。

ついこの間も奇妙な夢を見ました。
舞台は日本とヨーロッパ中世を合わせたような世界です(早い話がテレビゲームのような世界)。主人公(私)はひなびた山村に暮らす青年です。

ときはあたかも戦乱の世。「よーし、おれも世の中にでて一旗上げよう」と甘い考えで故郷を飛び出してしまいます。飼猫の喜八をあとに残してゆくことだけが心残りでした。

運がよかったのか、最初に仕えた大将のもとで、まぐれで軍功を立ててしまいます。その後、高貴な身分のお姫様との恋なども経験しますが、結局うまくはいきませんでした。

諸国を巡り歩いて、若いころの手柄をホラを交えて吹聴して、気楽に世間を渡ってゆきます。どこまでも無責任に、堅実な人生設計などとは無縁に、うかうかと日々を過ごしているうちに老いが忍び寄ってきます。

ある日「自分ももう若くはない」と気づきました。すると、にわかに望郷の念が沸きおこってきます。
そこで故郷を目指すことにしました。

あとひとつ峠を越えれば生まれ育った村というところまでくると、若いころに飼っていた猫の喜八が姿を現します。
「そうか、オレを迎えにきてくれたのか」思わずホロッときます。

しかし、何十年も前に飼っていた猫がまだ生きているわけはありません。
ここでは既に主人公(私)がこの世の者ではないことが暗示されているのです。

以上はできの悪い「邯鄲の夢」ですが・・・。
実際に私がこの世を去るときも、猫の喜八が迎えにきてくれるのではないか? という強い予感があります。そう思うとなんだか心温まるものがあるのです。


喜八とふーちゃん
弟分のふーちゃんといっしょに(2002年3月撮影)


邯鄲の夢(ゆめ)
出世を望んで邯鄲に来た青年盧生(ろせい)は、栄華が思いのままになるという枕を道士から借りて仮寝をし、栄枯盛衰の50年の人生を夢に見たが、覚めれば注文した黄粱(こうりよう)の粥(かゆ)がまだ炊き上がらぬ束の間の事であったという沈既済「枕中記」の故事より〕栄枯盛衰のはかないことのたとえ。邯鄲の枕。邯鄲夢の枕。盧生の夢。黄粱一炊の夢。黄粱の夢。一炊の夢。(goo 辞書「大辞林 第二版(三省堂)」より)

(喜八 2003-04-03)

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