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先生

『こころ』

日本で一番有名な先生は、夏目漱石の長編小説『こころ』に登場する「先生」ではないかと思っています。長い間、たいていの高校教科書で採用されてきたため、ふだんはあまり本を読む習慣のない人でも『こころ』は読んでいて、しかも「感動した」という人が多いようです。

しかし私は『こころ』に対してずっと違和感を抱いてきました。「「先生」には誠意がない。とくに奥さんの静さんに対して無責任きわまる」というのが正直な感想でした。「明治の精神に殉ずる」というのも理解しにくい理屈です。

そもそも私には「先生」という日本語そのものにこだわりがあるようです。正直なところ、あまりいい印象がない。「同業者同士でお互いを「先生」と呼び合うのは政治家・医者・教師くらい」なんて話を聞くと「さもありなん」と思います。

先生は先生らしく、生徒は生徒らしく」小学校の校長先生のこんなスピーチに強い反発を覚えた記憶があります。教師が自分たちのことを指して「先生がた」というのも滑稽に思っていました。時代劇で家老役の俳優が重々しい台詞回しで「おのおのがた」とやるのを連想してしまうからです。

K先生

とはいえ、学校においていろいろなことを教えてくれた人たちはやはり自分にとっては「先生」です。ほかにはどうにも呼びようがありません。

その先生がたの中でも最初に思い出すのが、高校2・3年時の担任だったK先生です。
K先生は英語教師でした。黒縁の眼鏡から覗く細い目、七三わけの髪型、小太り体型で色白。そしてまったく笑えないジョークをしばしば口にする。全体に印象の薄い人でした。

あだなはなんと「土左衛門」(いいわけめきますが、私はこのあだなを口にしたことはありません)。十代のころの私には随分とふけた人に見えました。しかしよくよく考えてみると、現在の私よりずっと若く三十代の後半くらいだったでしょう。

そのK先生の思い出です。高校2年時の秋の修学旅行。北海道を7泊8日という日程。大雪山国立公園・層雲峡のホテルに宿泊した際、就寝時刻が過ぎたあと皆で1室に集まって話していました。そこへ先生がすっかり酔っ払って現れたのです。

先生はろれつの回らぬ口で「自分の部屋に帰れ!早く寝ろっ!」と普段に似ず乱暴に生徒に命令します。口の減らない私が「ここにいるのは全員この部屋の者ですよ」とぬけぬけと嘘をつきました。

するとK先生は生徒1人1人を指差しながら、人数を確認しようとします。けれども泥酔状態ですから、うまく数えられません。しまいには「馬鹿野郎!はやく帰れ!」と怒鳴ります。しかたがないので一旦は自室に帰りましたが、先生が立ち去るのを見計らって再び集合しました。

じつはわれわれもそのとき酒を飲んでいたのです。未経験な高校生が粋がりだけを頼りに飲酒していたのですから、ふいに現れた監視の目をごまかすことなどはできなかったはずでしたが、先生自身がひどく酔っ払っていたため危うく難を逃れたのでした。

当時こんな噂もありました。「ホテルの地下のホールでは、金粉を身体に塗った踊り子のストリップ・ショーを興行していて、先生たちはそれに招待されていたのだ」。教育者としてあるまじき醜態という批判です。真偽のほどは分かりません。

いまとなって思えば、1週間も続く修学旅行などというのは教師にとっては厄災以外の何物でもなかったでしょう。ちょっとくらいの息抜きは必要だったかもしれません(ストリップ・ショーが息抜きとして適切かどうかについては意見を保留しておきます)。

出来の悪い生徒

こうしてK先生のことを書いているのは、けっして冷笑的な動機からではありません。先生の泥酔した姿を思い出して笑ってやろうというような悪意はありません。ただ懐かしく思うだけです。

私は欠席が多く成績の悪い高校生でした。先生にとっても担任であることに有り難味のある生徒ではなかったでしょう。が、大学受験は生来の運の良さと要領の良さも手伝って現役で合格しました。

高校に報告にゆくと、K先生は満面の笑みを浮かべて「よしっ、よくやった!」と誉めてくれました。先生の活き活きとした表情を私が見たのはこのときと、泥酔したときの2回だけだったような気がします。

この文章を書いているうちに気づいたことがあります。先生と私が顔を合わせたのは、あの大学合格を報告に行った日が最後なのでした。高校の卒業式のとき私は失恋の傷心を慰める一人旅に出ていました。卒業後のクラス会には何度か出席したことがありますが、そこで先生にお目にかかったことはありません。

ずっと後になって、学校の教師というのは子供だった私が考えていたより過酷な仕事であることが分かってきました。「先生も教師という役割をこなすのに苦労されていたのだろうな」と想像できるようになってきました。

またこんなことも考えます。すでに定年退職されたであろうK先生と私がもし同じくらいの年齢であったとして、どこかの酒場で知り合うようなことがあったら、愚痴をこぼしあってお互いの肩を叩きあうかもしれない。けれどもそれ以上親しくなることもなくあっさりと別れて再び会うこともないだろう。

そういうささやかな人間関係が「とるにたらないつまらないもの」とは私は考えていません。

(喜八 2003‐08‐29)

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